貧困と監獄
なんだか「女子リベ 安原宏美--編集者のブログ」の中の人とか「水紋鏡~呪詛粘着倶楽部~」の中の人とかに急かされているような気がするので書いておく(笑)。
というわけで、去る平成21年5月16日、東京・御茶ノ水の明治大学リバティタワーで開催された「貧困と監獄~厳罰化を生む「すべり台社会」」(主催:監獄人権センター、共催:アムネスティ・インターナショナル日本)に行ってきました。なによりすごいのはパネリスト。
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登壇者:
湯浅誠(反貧困ネットワーク事務局長/『反貧困』著者)
浜井浩一(龍谷大学法科大学院教授、臨床心理士、元法務官僚/『犯罪統計入門』編著者)
森千香子(南山大学准教授/ロイック・ヴァカン『貧困という監獄』訳者)
菊池恵介(東京経済大学ほか非常勤講師/同上)
(なお、全体の進行としては、前半は森→湯浅→浜井の順番に講演、後半は海渡雄一(監獄人権センター副代表)が司会で上記4人のパネルディスカッション)
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名前を見るだけでもものすごく議論が深まりそうだと思うのは私だけでしょうか(笑)。というか実際そうだったし。ちなみに私は開始の20分前くらいに会場に到着し、そのころは十分に空きがあったのだが、気がついたら会場は満席になっていた。これも湯浅の力か。浜井とかはそれほど有名でもないと思うし(浜井先生ごめんなさい)。
内容については、結論からすれば「ずっと浜井のターン」とでも表現していいくらい浜井が会場のペースをつかんでいたように思える。何せ浜井の話は、刑事政策やら厳罰化やらといった堅い話でありながらなぜか要所要所で会場は笑いに包まれるほど(いや、冷静に考えるとまったく笑えないのだけど…すみません、私も笑ってました)、話の引きつけ方が上手いのである。
以下、私のノートから各発言者の発言の要旨。
◎講演
○森
(概ね『貧困という監獄』の紹介)
・貧困と監獄は不可分の関係にある。ネオリベラリズム的な政策による社会不安の増加と厳罰化が同時進行。
・1970年代半ば、米国のとあるシンクタンクが福祉国家批判のための宣伝を行う。さらにその中で、生存権の危機による社会不安は厳罰化で対応すればいいとする。
・このような「処罰イデオロギー」はその後様々な国にローカライズされて導入される。
・米国の刑務所の収容者数が驚異的に増大。カリフォルニア州では1975年に1万6千人程度だったのが1995年にはおよそ16万人に。ただし犯罪の件数は増えているわけではない。
・フランスでは、移民や若年貧困者が多く住む地域の落書きなどといった、それまでは処罰の対象にならなかったものが、治安悪化の印象を受けさせるとして処罰の対象に(割れ窓理論)。結果として、監獄の中で貧困が加速(ちなみにフランスの囚人数は1975年でおよそ2万6千人だったのが、1995年には5万1千人、2006年には6万5千人)。
・フランスでは、刑務所の中ではなんとか生活できるものの、ひとたび刑務所に入ると社会保障が受けられなくなるほか、釈放時の支出や、家庭崩壊により再び貧困に直面する。いわば刑務所が貧困を再生産している(後藤注:多少事情は違うが日本でも似たような現状がある。詳しくは山本譲司の諸著作を参照されたし。『累犯障害者』も最近文庫になったしね)。
○湯浅
・「すべり台社会」化する日本。非正規雇用の拡大により労働して生活できる状況が厳しくなっている。公的な融資制度は全く機能しておらず、雇用保険も未加入者が増大。生活保護ですら水際作戦などであまり機能していない。生活保護が本当に受けられる人の内、実際に受給している人の割合はせいぜい2~4割程度。というかそもそも教育・家族関係の公的支出が極めて低い(後藤注:このあたりは山野良一『子どもの最貧国・日本』に詳しい)。結果としていったん貧困に陥ると貧困の固定化、どのような労働環境においても反抗ができなくなる「NOと言えない労働者」に。
・このような貧困者の選択肢は、家族の下に帰るか、自殺するか、ホームレス化するか、犯罪を起こすか、それとも「NOと言えない労働者」であり続けるのかというものに限られてしまう。さらに「NOと言えない労働者」の増加により、非正規・正規社員の労働条件が悪化、さらに貧困の増大。湯浅の言うところの「貧困スパイラル」(後藤注:この図式は湯浅が当日考たことしい)。
・米国では、生活保護を受けるためには最低賃金関係なく労働をしなければならない(湯浅の言うところの「懲罰的ワークフェア」)。日本にも押し寄せつつある。
・先の「貧困スパイラル」の構造はまだ全体が語られているわけではない。今回の文脈でいうならば、犯罪と貧困を往復し続けるというケースもありうるため、貧困問題の論者が監獄の問題に関心を持っていないのは問題である(逆もまた真なり)。
○浜井
・自分は元法務官僚で、刑事政策の決定や犯罪白書の執筆にかかわったり、心理系の専門職として刑務所で仕事をしたこともある。
・1990年代から新確定受刑者が急増、まだ執行していない死刑囚も100人を突破。ただし殺人(他人の暴力による死亡)は減っているし、また諸外国に比しても極めて少ない。
・刑務所人口と死刑囚が同時に増加しているのはアジアで日本とパキスタンだけ(後藤注:なお、あとで紹介する『グローバル化する厳罰化とポピュリズム』によれば、この2国の人口10万人あたりの被拘禁者数については、調査開始初年(日本1992年、パキスタン1993年)は日本はパキスタンを大きく下回っていたものの(それぞれ36人、54人)、最終年(それぞれ2007年、2005年)は日本のほうが若干多くなっている(それぞれ63人、57人))。
・受刑者数の増大や治安「悪化」について説明する排除型社会論などは話としてはおもしろいが実務家として考えるともっと適切に現状を説明しうる概念は他にもあるはずだ。そこで注目すべきなのがPenal Populism(ある程度適切な訳語を当てはめるならば「ポピュリズム的刑事政策」など)が先進国で起こっているという考え方である。
・Penal Populismには二段階ある。前段が、治安悪化キャンペーンや、個々の犯罪に対する劇場的報道。そしてそれらによる「わかりやすい」図式が専門家(司法官僚など)に対する不信感を(大衆レヴェルで)醸成すること。後段が、その影響により実際に政策決定に専門家が排除されること。前段は多くの先進国で起こっている。ただし北欧やフランス・ドイツ・カナダなどでは前段で留まっているのに対し、英米、日本、ニュージーランドでは後段に進行している(なお、カナダは米国をある意味反面教師と見なしながら国を運用してきたという側面があるためこういう結果になっていると見ることもできる)。
・ニュージーランドにおける、日本と酷似するPenal Populismの進行。同国は元々修復的司法で先進的な国であったが、1990年代あたりからの厳罰化を求める世論と、2000年代初頭ごろからのSensible Sentencing Trust(「法と秩序」を求める圧力団体)による厳罰化のキャンペーンなどにより、厳罰化と拘禁の長期化が進行。
・我が国は、仏独のように司法官僚の政治的な独立性が高く、それがPenal Populismの防波堤となるはずなのだが…
・ヨーロッパにおける監獄の収容者数の分析。結果…まず、犯罪統計などの犯罪指標と刑務所人口に関連性はない。また、拘禁率は、福祉予算が低い、国民が個人主義寄りである、2大政党である、司法官僚の養成課程に犯罪学がない、などの要因で上昇する。特に最後のものが提示されたときに会場爆笑。笑うところじゃないだろ。俺も笑ったけど。
・以上の研究については、昨年犯罪社会学会で特集を組んで様々な国から論文の寄稿を募ったことが元となっている。とはいえ日本の論文誌でありながらすべて英語であったので、すべて日本語に訳してこのたび『グローバル化する厳罰化とポピュリズム』という本にまとめた。
◎討議
(この前にたまたま会場に来ていた福島瑞穂がコメントを出していたけど別にどうでもいいので割愛)
・先の講演で浜井が話しきれなかった「なぜ社会的弱者が刑務所に入るのか?」というもう一つのテーマについて話すことを求められる。実質、浜井の講演第二部。
・年間の受刑者数はおよそ3万7千人弱。全体の認知件数のおよそ2分程度。また新たな受刑者の内6割が詐欺、窃盗、覚醒剤。
・(凶悪犯罪などを除いて)起訴されやすい犯罪者の特徴として、家庭や仕事などといった受け皿がない、示談をしていない、謝罪の意思表示をしていない(頑固者)、コミュニケーション能力が低い(精神障碍など)。詐欺で刑務所に入れられる人の大多数は無銭飲食。
・刑務所内の高齢化の速度は一般社会のおよそ2~3倍。
・さらに帰るところのない受刑者、無職受刑者の増加。刑務所内で死ぬ人も急増。
・米国では受刑者を増やしたことによって失業率を減らしたという研究もある。
(ここから本格的な討議。以下主な内容を示す。最初のほうで、海渡が湯浅に対して昨年6月の秋葉原の事件について質問していたがどうでもいい内容なので割愛)
・海渡が会場からの質問を紹介。家庭の問題、医療など。
・浜井:刑事政策(論)が社会政策(論)に対して独立しすぎ。刑務所を出た人に対する支援の必要性。微罪処分(高齢者の万引きなど)の再犯率は非常に高い。居場所の問題としての高齢受刑者などの刑務所への志願。
・湯浅:この社会が刑務所よりマシな空間になればいい。更生保護施設は、就労しろとは言うが生活保護を申請しろとは言わない。
・菊池:治安悪化の嘘、治安悪化と刑務所人口の相関はないなどといった正しい知識を持つことが重要。米国の刑罰政策は割高で、4人家族の生活保護費のおよそ3倍が囚人1人に充てられている。
・浜井:失業率と受刑者数の相関は普通はほとんどないが、なぜか日本はそれらの相関性が高い。近年の経済危機により、米国・カリフォルニア州の囚人数が減少傾向に。理由は刑務所に金がかかりすぎているから。
(最後にアムネスティ日本のお偉いさんのお話があったけど、この人は死刑とかPFI刑務所とかを単純に悪と決めつけて糾弾しても問題は解決しないということわかっているのかねえ)
◎結論
非常におもしろかった。まさに今年初頭に私が「AERA」で理想であると言った、様々な「知」の有機的なつながりがここにはあったような気がする。少なくとも浜井は以前より貧困と監獄の問題に少し取り組んでいたが、ここがその新たな出発点となるだろうし、湯浅にしても犯罪と貧困、そして社会政策との関係性という回路の形成に大いに役立っただろう(事実、湯浅は浜井に生活保護費と刑務所を運営するための費用について聞いていたという)。
なにより湯浅はプレゼンテーションの能力が高いと思ったし、浜井の話も聴衆を引きつける「仕掛け」が随所にあった。そして、俗説に囚われず、信頼性の高いデータや学説などを用い、それをつなぎ合わせ、適切な政策提言を行っていくことの必要性も感じられた。そしてそれは、私の執筆活動(商業、同人問わない)のテーマでもある。
参考文献
以下、このシンポジウムに関連の深そうな本を示しておく。興味があったら是非読まれたい。
ロイック・ヴァカン(著)、森千香子、菊池恵介(訳)『貧困という監獄』新曜社
日本犯罪社会学会(編)、浜井浩一(責任編集)『グローバル化する厳罰化とポピュリズム』現代人文社
湯浅誠『反貧困』岩波新書
山本譲司『獄窓記』『累犯障害者』共に新潮文庫
浜井浩一(編著)『犯罪統計入門』日本評論社
ミシェル・ヴィヴィオルカ(著)、森千香子(訳)『レイシズムの変貌』明石書店
山野良一『子どもの最貧国・日本』光文社新書
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