カテゴリー「367.9 性問題・性教育」の記事

2008年3月14日 (金)

表現規制に抗うための5冊

 やっぱり日本ユニセフとかの連中って、実在の子供の保護よりもこいつらの脳内における「子供」概念を保護したいんだろうなあ。「地獄への道は…」でも述べたとおり、そういう点においては宗教右翼とフェミニストは同一の性質を持っている。で、彼らの脳内における「子供」(あるいは「女性」)を「保護」するために、規制論が駆動される。やはりジュディス・レヴァイン『青少年に有害!』(藤田真利子:訳、河出書房新社)は全国民必読の文献だ。

 特定の社会集団に対する偏ったイメージが、それらの集団への危機感を増長させ、そいつらは犯罪者予備軍だ!という言説を駆動させるメカニズムを開設したものとしてもう一つおすすめしたいのが、バリー・グラスナー『アメリカは恐怖に踊る』(松本薫:訳、草思社)。やっぱり「子供」に対する不安と危機感を煽るのは金になるのね。嗚呼。

 現在の漫画をめぐる規制と業界の動向を知りたいならば、永山薫、昼間たかし『マンガ論争勃発(2007~2008)』(マイクロマガジン社)が最適。帯にいろいろな人に聞いた、ということが書かれているけれども、その取材量は伊達じゃない。

 規制を推進すべき、という人たちの言い分には(法律的、あるいは統計的な)根拠がない(あるいは間違った根拠を用いている)のがほとんどだが、そういった議論をはねとばすためには議論の最低限のルールを抑えておくべきである。最適なのは、飯田泰之『ダメな議論』(ちくま新書)か。

 最後になるけれども、やはり、リチャード・ドーキンス『神は妄想である』(垂水雄二:訳、早川書房)は外せないな。そもそも政府や日本ユニセフをはじめとする我が国の規制派に入れ知恵している某駐日大使のお国の大多数の人が信仰している某宗教は、「神」の名の下に児童虐待とかを繰り返しているわけで。

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誰がために

 「地獄への道は…」という記事で「有害情報」規制について触れたけれども、いよいよその流れが本格化してきたらしい。

アニメ・漫画・ゲームも「準児童ポルノ」として違法化訴えるキャンペーン MSとヤフーが賛同(ITmedia)

 まず、この運動を進めている団体(日本ユニセフ協会)は、国連のUNICEFとは全く別の団体(民間の協力団体。UNICEFの正式な在日の機関は、国際連合児童基金東京事務所(UNICEF東京事務所))である。従ってこの運動は(国連)UNICEFとは関係がない。そのことを念頭に入れて欲しい。

 この団体の主張のおかしさについては、「ポルノ単純所持の処罰は妥当か」(福島みずほのどきどき日記)、「「タカくんの(自主規制)おいしいよう」は違法?日本ユニセフかわいそうです(頭が)」(黒屋堂)、「日本ユニセフ協会の署名にサインする前に読んで下さい」(せんだって日記)、「児童ポルノ法の危険な行方」(虹の色:兼光ダニエル真ログ帳)、「歪んだ正義に笑って立ち向かおう」(チラシの裏(3周目))を是非参照されたい。少なくともこれだけ読めば、この「運動」のいかがわしさがよくわかる。

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 たとえば、友人から雑誌が送られてきて、そのなかに、児童ポルノがはいっていたらどうなるだろう。単純所持で犯罪となる。
 友人が持ってきた本のなかにあったらどうなるだろうか。
 困らせようとメールを送ってきた人がいたらどうなるのだろうか。これも単純所持になるのだろうか。
 自分の携帯に、児童ポルノを持っていても「単純所持」になるだろう。
 言えることは、処罰の範囲が拡大をすることと処罰の範囲に争いが起きるということである。(福島瑞穂)

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この人たちは名目上「子どもを守る」ってことで活動してるわけだが、そこには明らかに子どもではない人(AV女優だったりエロゲ声優だったり)や、そもそも人間じゃないもの(架空の人物)が含まれているわけで、結局この人たちが守ろうとする何かが存在するならば、それは「純粋な子ども」という(自分たちが持ってる)概念ではないの?(「黒屋堂」)

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アメリカ合衆国でさえも想像と現実の創作物の棲み分けについては非常に神経を払い、過去に米国最高裁判所は現実違法行為と偶像創作物における犯罪行為の描写については一律に取り扱ってはならぬ判例を繰り返し明確にしてきていることも私たちは忘れてはならないと思います。表現の自由については各国で様々な議論が行なわれているのであり、諸外国の一方の意見ばかり偏重してはならぬことは私は感じて禁じえません。(兼光ダニエル真)

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個人的に今回の改正反対しているのは無論警察の恣意的運用が可能な単純所持規制のやばさもあるけど、こいつらが二次元を敵視し弾圧しようとしているのを知っているから、もし今回通ってしまえば次か今回で確実に表現の自由が奪われ、言論弾圧がなされると考えているからですよ。(「チラシの裏(3周目)」)

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 とりあえず、松浦大悟と福島瑞穂には本当にがんばっていただきたい。

 ところで私が気になったのが、日本ユニセフが使っている表現である「準児童ポルノ」とか「子どもポルノ」という新定義だ。なんでこういう定義付けが必要なんだろうか。

 そこで思い出されるのが『「準」ひきこ森』(講談社+α新書)じゃなかった「準ひきこもり」なる表現である。この概念の提唱者、樋口康彦は、「ひきこもり」という概念に「準」なる接頭語をつけることによって、ちょっと元気がないだけの大学生(なかんずく男子)が、何らかの心の病を抱えている存在であるかのように罵った。当然のことながら樋口は、「ひきこもり」なる存在についてはそれがすぐ問題であるかのように扱っている。

 で、この「ひきこもり」という表現に「準」をつけたことでどうなったか。樋口は「元気がないだけの大学生(なかんずく男子)」に対して「準ひきこもり」と名付けたことによって、こいつらは(俺が問題にしている)「ひきこもり」の予備軍だ、そいつらと極めて近接した存在だ、と煽ることが可能になり、“本当の”「ひきこもり」になる危険性が高いぞ、とばかりに莫迦にして、精神論を平然と垂れるようになった。

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そもそも著者の言う「準ひきこもり」の定義すら曖昧。ちょっとコミュニケーションが苦手、となって、著者が「こいつはそうだ」と思えば、誰でも「準ひきこもり」になってしまうのだ。また、本書を読む限り、著者は「ニート」や「ひきこもり」と言うものの定義すらも理解できていないとみえる(例えば、ニート問題の背景に準ひきこもりがある、なんていうのはその証拠である)。(「たこの感想文」:「(書評)「準」ひきこ森」)

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 こういう変な定義を創出することによって覆い隠されたのが、コミュニケーション能力が低いことは本当に問題なのか、あるいはどういう点で問題なのか、ということとか、本当に「ひきこもり」とはコミュニケーション能力の低さから来ているのか、などということだ。要するに社会的な(「ひきこもり」という言葉の定義や運用も含めた)背景とかである。

 話を日本ユニセフに戻すと、この団体が捏造した「準児童ポルノ」という表現にも、「準ひきこもり」と同じように問題がある。要するに、例えばアニメや漫画、ゲームなどの(実際の被害者が存在しない)性的表現について、「児童ポルノ」というれっきとした性犯罪、あるいは性的搾取を目的としたものに対し「準」なる接頭語をつけることによって、「児童ポルノ」と「準児童ポルノ」は完全にイコールではないが、極めて近い存在である、と煽る目的がある。もちろん、実際の被害者が存在するかしないかという点については、些細であるどころかものすごく大きな違いがあるはずなのだが、そんなの関係ねぇとばかりに「表現」こそが問題であるように論点をずらしているのだ。

 こうして考えてみると、彼らにとってすれば、実在の児童の保護よりも「表現」の規制、というか撲滅のほうが大事なのかもしれない。しかしそれは法律の及ぶ範囲ではなく、憲法に抵触する可能性が極めて大きい。

 日本ユニセフと、こいつらの運動に賛同しているヤフーやマイクロソフトなどは、もう一度児童ポルノ禁止法の原点に返って、「表現」の規制が児童の保護とどうつながるのか、考えていただきたいものだ。

 あと、こいつらに限らず、既存の概念に「準」みたいな言葉をつけて問題を変な方向に誘導しているような連中も注意すべきだ。例えば「ネオ依存症」(矢幡洋)とか「30代うつ」(香山リカ)とか。こういう奴らとこいつらの創出する概念は極めてうさんくさいものである。

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2008年3月 2日 (日)

地獄への道は…

 「チラシの裏(3周目)」の「例の漫画論争の人が松浦議員のインタビューしてるみたいよ」という記事で知ったもの。「マンガ論争勃発のサイト」の、「松浦大悟参議院議員インタビュー」第1回第2回第3回

 (参考:永山薫、昼間たかし『マンガ論争勃発(2007~2008)』)

 すごい。これは読むべき。松浦は、先の参院選で無所属(野党系)で秋田の選挙区から出馬し、当選した議員なのだが、この人は現在推し進められているコンテンツ規制に対して真っ向から反対を表明している、数少ない議員だ。そもそもこの問題については、自民党や公明党はほとんど規制推進に賛成だし(特に公明党に関しては、つい先日同党の機関誌で大々的に規制を訴えた)、民主党や共産党などにも熱心な規制派がいる(小沢一郎などはその代表例である)。もう少し言うと、昨今では(特に自民党で)「教育」や「子供を守る」などと高く掲げたものが当選するような珍事が起きている(義家弘介(こいつについては「義家弘介研究会」参照。久しぶりの更新、お疲れ様でした)など。まあ民主の横峯良郎もそうだけど)。

 元々児童ポルノ禁止法(正確には、児童売春・児童ポルノ禁止法)が最初に議論されたのは、このインタヴューにもあるとおり10年ほど前だが、それから現在に至るまで、それこそコンテンツやフィクションにおける性表現をめぐる問題を取り巻く環境は大きく変化している。もちろん、犯罪そのものの質が変わった、あるいは増えたと言うよりは、むしろ論じられる環境が大きく変わったことを挙げなければならないだろう。

 こと大きく変わったのは、主としてインターネットや携帯電話などを中心とした、情報通信機器が子供に与える影響についての研究が、いい方向でも悪い方向でも深まってきたことだ。前者は坂元章などの研究が一部で高く評価されるようになったり、あるいは社会学、心理学、教育学などの立場からも、良質な研究が整ってきている。他方で後者については、それこそ前々回に採り上げた森昭雄や岡田尊司などの電波がまかり通ってきているのも事実であり、なおかつこちらのほうが明らかに影響が強い。

 本来の児童ポルノ禁止法とは、それこそ児童の性的搾取を防止するためのものであって、要するに法的な被害者が全く(!)存在しない漫画や文章(小説)での性表現(要するに架空のもの。実在の人物がモデルになっているものについては、名誉既存などにあたる可能性がある)は、規制されるべきものではない。然るに昨今においては、「理解できない」少年犯罪が起こる度に、何らかの漫画やアニメなどに対して「これが原因だ!」と糾弾されることが多い。

 それは「善意」で行なわれるものだろう。だが、そのような「善意」が、時として法治国家の根本すら揺るがしてしまうことについて、少しは考えられるべきだ。

 このように、通俗的な「善意」が、そのまま他人の、ひいては自分の自由や人権、ないし経済活動を著しく制限してしまう例として、昨今の携帯電話ベースのコンテンツをめぐるフィルタリングの問題を挙げることができる。「日経ビジネス」平成20年2月4日号(田中成省、中島募、鈴木雅映子「突然の「携帯官製不況」」pp.6-9)によれば、「有害情報」から子供を守る、というふれこみでNTT DoCoMoが導入し、同社の携帯を利用する未成年者が使うことが原則義務化されているフィルタリングは、なんと「公式サイト」以外へのアクセスができない。それ故、本来「有害情報」にはあたらないはずのサイトすらアクセスできない。さらに公式サイトでも、掲示板(地震時の掲示板もこれにあたる)やSNS、及び政党や宗教のサイト(自民党のサイトもこれに該当するのだ)にはアクセスできないのである。

 このことで、多くの企業が、モバイルコンテンツへの広告を出すことに対して及び腰になるのではないかと予測されている。

 現在の「有害情報」をめぐる議論は、まさに一人の罪人を逃しても、百の無辜の市民を捕縛すべしという方向に向かっている。著作物の性表現に対する規制の議論も同様。特に単純所持に関しては、共謀罪などと同様の危険性を持っているとも指摘されている。そういう点を指摘しないまま、「ネット」と来ると直ちに「闇」とか「悪影響」みたいな議論がなされる状況は、明らかに異常である(ついでに言うと、最近読売で、「ネット社会」なる、それこそ昨年毎日がやっていた「ネット君臨」の焼き直しみたいな連載をやっていますね)。「バーチャル社会の弊害から子どもを守る研究会」で坂元章が専門的な立場から規制派(前田雅英、竹花豊、岡田、義家など)に真っ向から対立したのと同時に、今こそ我々は様々な専門知の力を借りて、単純な「善意」に立ち向かわなければならない。地獄への道は、このような「善意」によって敷き詰められている。

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 子供と性の問題になると、それまで敵対していた勢力が、急に連帯して、権力の強化を求めてしまう例がある。米国においては、性表現それ自体を女性への差別であると糾弾した過激なフェミニストと、「伝統的な」家庭こそが健全であり、それ以外の家族のあり方は認めないとする宗教右派の主張が交差するところで、子供の性に対する問題が殊更強調されるようになり、とくに子供の性行為そのもの、さらには性教育に対して強い規制がかけられるようになった、という(ジュディス・レヴァイン『青少年に有害!』藤田真利子:訳、河出書房新社)。同書の記述を引用してみる。

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 他人に対する疑いを助長することで核家族の防護を固めようとする試みは、大人と子どもの地域社会を破壊する。このことは、虐待の行なわれている家庭に、子どもを無防備のままに放置することにもなる。ボール紙でできた怪物を性的脅威にしたて、その怪物を打ち負かすことに金とエネルギーを注ぎ込むことは、互いに信頼し尊重し合って愛し合うという繊細な技術を子供に教えることをなおざりにさせる。結局、子どもたちは、家でも社会でも、さらに傷つきやすくなっているのである。(レヴァイン『青少年に有害!』p.93)

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 これ以外にも、『青少年に有害!』には、興味深い記述が山のようにあるので、是非読まれたい。

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2007年10月26日 (金)

全国学力テストから遠く離れて

 巷は全国学力テストの話題で持ちきりだと思うが、そこから遠く離れて、以下の話題を採り上げる。というか、またアンケート調査のデータの歪曲を見つけた。

<読書世論調査>8割が「日本語力不足」(毎日新聞/Yahoo!ニュース)

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 日本語力の不足を感じる理由(複数回答)は、最多は「文章をあまり書かないから」の58%で、次いで「文章を書く時、パソコンや携帯電話に頼っているから」42%。10代後半から30代までは「パソコンや携帯電話に頼っているから」が55~61%で最も多く、パソコンや携帯電話の普及が、とりわけ若い人たちの日本語力に影響していることが読み取れる。

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 おいおい。《パソコンや携帯電話の普及が、とりわけ若い人たちの日本語力に影響していることが読み取れる》なんて読み取れないだろう。《パソコンや携帯電話の普及が》言語能力を低下させているという言説が《とりわけ若い人たちの日本語力に影響していることが読み取れる》なら正しいけど。要するに、この記述って、例えば「給食費未納があった学校の教員が、その原因を親のモラルの低下であると考えた人が多かったから、未納の増加は親のモラルの低下が原因である」と語っているようなもの。要するに、「当事者がこういっているのだから正しい」論法である。しかし、その当事者側が誤解しているケースも少なくないし、もっと客観的な調査が必要である。

 さらに、毎日jpのほうにはこんな記事があった。「第61回読書世論調査:止まらない雑誌離れ/インターネットを優先(その2止)」。

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 ■若者の日本語力低下

 ◇75%「好ましくない」

 漢字の読み書きや言葉の言い回しなど若者の日本語の力が低下していると指摘を受けていることについて「好ましくない」と答えた人は75%にのぼった。「別に構わない」は17%、「低下しているとは思わない」は5%。「好ましくない」との回答は女性(77%)が男性(72%)を上回り、女性の方が若者の日本語力の低下を懸念していた。年代別では、40代80%、50代79%が「好ましくない」と感じており、教育期にある子供を持つ親たちの危機感がより強いようだ。

 「好ましくない」と回答した人に理由を聞くと、「日本人の知的水準が下がる」26%、「国語文化が継承されない」25%の二つで過半数を占めた。そのほかは▽若者の感情・思考が単純化する18%▽若者が十分に自己表現できない16%▽上の世代と意思疎通が円滑に進まない13%。年代別にみると10代後半から30代は「日本人の知的水準が下がる」が最も多かったのに対し、40代以上は「国語文化が継承されない」が最多だった。

 「別に構わない」と答えた人の理由は、「言葉は生きもので、上の世代と比べるのはおかしい」と「年を重ねるうちに力がつけばよい」がともに37%で1位。年代別では10代後半から40代は「上の世代と比べるのはおかしい」、50代以上は「年を重ねるうちに力がつけばよい」が最多だった。

 また、活字離れが若者の日本語力低下につながっているかの質問では、「そう思う」は77%、「そう思わない」は19%。年代別では30~60代で「そう思う」が約8割と高く、若者の日本語力低下を好ましくないと思う年代と重なる傾向を示した。

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 こんなことを聞いて、どうなるんでしょうね。というよりも、主としてマスコミの調査能力の低さ(犯罪統計を読まないなど)のほうは問題にされないんだろうか(笑)。

 〈補記〉

 ダメな調査の例としてもう一つ。既に「二次元至上主義!」などで突っ込まれているが、内閣府の「有害情報に関する特別世論調査」(PDF)、その資料7より。

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現行の法令では、実在しない子どもに対する性行為等を描いた漫画(コミック)や絵(イラスト)などは、規制の対象となっていません。
これに関して、実在しない子どもを描くのであれば、他に害を及ぼさないため、現行のままで問題ないとの意見があります。
一方、これらコミック等が児童を性の対象とする風潮や児童に対する性的犯罪を助長するとの意見もあり、実在する子どもの写真やDVDなどと同様に規制の対象とすべきとの意見があります。
このような漫画(コミック)や絵(イラスト)を規制の対象とすることについてどう思いますか。

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 公正を保つのであれば、本当に子供を狙った犯罪が増えているのか、ということくらい示すべきだろう。ちなみに、0~9歳の加害に基づく傷害・死亡人員は、人口動態統計によれば、ここ20年ほどで大体半分くらいに減っている。幼女に対するレイプも、統計によれば、減少しているようだ(「少年犯罪データベース」より)。

 上の文章と、回答を見る限りでは、最初から「規制」ありきで設定された設問としか思えないな。

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2007年10月15日 (月)

今度は毎日新聞が…

 「もう少し疑いましょう」で採り上げた、産経新聞が報じた「STOP!STDを考える会」の調査について、今度は毎日新聞が報じた。

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 医療関係者らによる性感染症(STD)啓発団体「STOP!STDを考える会」が東京・渋谷で遊ぶ10代後半の若者にアンケートしたところ、17人に1人がSTDにかかった経験があると回答した。同会は「性行動が極めて活発と思われるグループのデータだが、性感染症の知識は不十分で、知らないうちに病気を広めている危険がある」と分析している。

 調査は8月10~16日、路上などで高校生と10代の卒業生に用紙に記入してもらい、466人分が集まった。性体験があったのは68%で、5.8%が「性感染症にかかったことがある」と答えた。

 また、性関係の相手の数は平均で5.2人だったが、感染経験者に限ると平均37人と7倍以上多かった。
 (性感染症:東京・渋谷の10代後半、17人に1人経験あり(毎日新聞)

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 しかし、これも産経と同様、内容を精査しない、いわば「大本営発表」である。というのも、見出しでは「東京・渋谷の10代後半、17人に1人経験あり」となっているものの、渋谷にいる10代後半の人たちがなぜ《性行動が極めて活発と思われるグループ》と見なすことができるのだろうか。この記事を見る限りでは、アンケートに答えた人全員が《性行動が極めて活発と思われるグループ》と見なされているように思える。

 然るに、《性行動が極めて活発と思われるグループ》について検討したいのであれば、例えば性関係がサンプルの中で、例えば平均や中央値より大きい層とそうでない層を比較するか、あるいは上位数パーセント(4分の1くらい?)である層と下位である層(上位と同じ割合)を比較すべきだろう。いずれにせよ、サンプルが極めて偏っているのはいうまでもなく、こんな調査をなんの疑いもなく報ずる新聞の罪は大きい。何が新聞週間なんだろうね。

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2007年10月11日 (木)

もう少し疑いましょう

 「黙然日記」や「Imaginary Lines」あたりが好んで採り上げそうなネタだと思うのだが(笑。ちなみに私は両方のブログを愛読しています。あと、後者では「性差を超えたエンタメ人気 社会モラル崩壊の象徴」なんて記事が採り上げられている)、まだ採り上げていなかったので私が採り上げる(ちなみにこの記事、「ニコニコ動画」のニュース欄で「高3、71%が経験者」という見出しだった。この記事を読んだあとなので、相当に歪めているなあ、と思った)。

高校3年生 71%が性経験あり 民間団体調査(産経新聞)

 この記事、タイトルだけ一見してみると、またぞろ保守派の皆々様がお嘆きになりそうな記事だと思われるかもしれない。ところが、以下を見て欲しい。

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 若者の街、東京・渋谷駅周辺に集まる高校1年生の35%、高校3年生では71%に性経験があるなどとする調査結果を、性感染症予防の啓発活動を行っている民間団体「STOP!STDを考える会」がまとめ、10日発表した。(略)

 8月に渋谷駅周辺の街頭やクラブで15歳以上20歳未満の男女にアンケートを実施、466人から回答を得た。

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 もしこれが本紙の記事であれば《若者の街、東京・渋谷》なんて表現などどうかと思うのだが(まあ産経は過去に「ヲタ」なる表現を本紙で使ったという伝説があるけれども)、それはさておき、この調査、明らかに地点に偏りがある。しかも、《渋谷駅周辺の街頭やクラブで15歳以上20歳未満の男女にアンケートを実施》というけれども、単なる聞き取りである可能性は非常に高い(ちなみにアンケート調査といっても、配票調査法、集団記入法などのやり方がある)。

 要するに、この調査、渋谷という地点に限って採り上げるならともかく(それでもかなり怪しいのだが)、全国の高校生一般に適用するのは大変難しいものなのである。まあ、産経の青少年報道のクオリティは「熟知している」(笑)ので(青少年がらみではないけれども、教育の記事でいわゆる「インテリジェント・デザイン」を宣伝した経験もあるし)、まあ「また産経か」ですますことも、可能なのかもしれないけど。

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