今更ですが、「少年犯罪データベース」管理人・管賀江留郎様のご著書『戦前の少年犯罪』(築地書館)の発刊を、心よりお慶び申し上げます。とにかく同書は、冗談ではなく、少年犯罪言説に関わるものなら自腹を切ってでも、というよりも1日食事を抜いてでも読むべき本である。
そもそも戦前は少年犯罪の質が違う(笑)。何せ、(同書(及びこの段落)においては、少年の年齢は全て数え年で表記。満年齢に修正すると1~2歳ほど下回る)17歳の少年が女性を10人以上通り魔で襲うわ(『戦前の少年犯罪』pp.18)、小学生3人が同級生を火あぶりにして殺人未遂で捕まるわ(pp.96)、クラス一丸となって教師を暴行するわ(pp.151)、親殺し、老人殺しも頻発、さらにはしょっちゅう町中で暴れ回って暴虐の限りを尽くした旧制高校生とかの話も抱腹絶倒。でも、笑ってしまうのは、これらの事件が自らとは無関係だと思えるからだろうなあ。
とにかく必読である。それどころかメディアで少年犯罪について妄想(犯罪統計すら読まずに少年犯罪が「急増」しているとか…)を語っている人がいたら、意地でも読ませるべきである(笑)。とはいえ現在の少年犯罪すらまともに論じることのできない論者に、ましてや戦前なんて、と言うこともできるかもしれないが、少なくともこれで現在流布している少年犯罪をめぐる「神話」(凶悪化、低年齢化…)の多くを否定できる。昔は普通に銃を用いた少年犯罪が起こっていたのだが、今はナイフごとき(もちろんこれは皮肉)で大騒ぎする時代だからねえ…。本書の事例について、是非ともテレビや雑誌などでおなじみの人たちの「分析」をお訊きしたいものである(まあ、彼らはあれこれ屁理屈をこねて戦前の少年犯罪を美化するんだろうな。昔の少年犯罪はよい犯罪、今の少年犯罪は悪い犯罪といった具合に)。
さて、話は現在の少年犯罪に飛ぶ。ここで紹介したい論文がある。少年犯罪「神話」の一つ、「最近の少年犯罪は「普通の子」がいきなり凶悪な犯罪をしでかすようになった」というものに対する異議を唱えた論文だ。
科学警察研究所の岡邊健と小林寿一による「近年の粗暴的非行の再検討:「いきなり型」・「普通の子」をどうみるか」(「犯罪社会学研究」30号、pp.102-118、2005年10月)である。同論文の問題意識はこうである。
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普通の子がいきなり重大な事件を犯すようになった――。少年による粗暴的非行について、このような説明がしばしばなされる。2003年の長崎の男児殺害事件、翌年の佐世保事件で、加害者がいずれも「普通の子」であったと報じられたのは記憶に新しいが、重要なのは、「いきなり型」・「普通の子」といった概念によって、ごく少数の特異な事例だけでなく、青少年犯罪の一般的な傾向が語られがちな点である。そしてそのような傾向はしばしば、近年になって生じた変化として捉えられている。(岡邊健、小林寿一「近年の粗暴的非行の再検討:「いきなり型」・「普通の子」をどうみるか」(「犯罪社会学研究」30号、pp.102-118)pp.102、2005年10月。以下、断りがなければ全てここからの引用)
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そして上記のような指摘は、たいていは以下のような認識によって論じられる。曰く、
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このような指摘は、社会的適応や家庭環境面における目立った負因がないことを,粗暴的非行を犯す最近の少年の特徴であると捉えている点で共通しているが、多くの場合、その根拠として挙げられるのは特定の事例の特徴か、いわゆる「実務感覚」である。(pp.104)
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というわけで、本当のところはどうなのか、統計(1979~2003年)と事例(凶悪犯・粗暴犯で補導された少年と、その犯人に対して事情聴取を行なった警察官への質問紙調査)を用いて検証してみましょ――というのがこの論文であるわけだが、結論はこうだ。
1, 「いきなり型」の少年犯罪は近年増加傾向にあるわけではない。
「いきなり型」の少年犯罪についてはどう捉えるのかは難しいので、この論文では基本的に各罪種(強盗、暴行、傷害、恐喝。殺人については実数が少ないので除外していると説明してある)の少年検挙人員における初犯者の割合で計算しているが、ここで用いられている全ての罪種について、平成8年頃までは微増傾向にあったが、近年になって微減し、結局ここ25年間での比率はほとんど変わっていない。
2, 「いきなり型」の犯罪をしでかした少年の起こした事件が、非行歴のある少年の事件と比して「凶悪」であるわけではない。
事件の「凶悪さ」については、計画性、共犯者の有無、共犯の場合主導的だったか追従的だったか、被害者が複数いたか、被害者との面識があったか、というもので、質問紙調査の記述を用いている。結果としては、非行歴のない少年に比して、非行歴がある少年の犯罪は、「共犯が多く」、さらに「被害者との面識はない」。従って、同論文において《非行キャリアが進むにつれて非行性が増していくという非行の発達モデルが、現在においても有効であることを、以上の結果は示唆している》(pp.110)と主張されているとおり、少年犯罪や非行について、決して新しい状況が生じたわけではない「らしい」。《むしろ、生育環境上のリスク要因を持つ者が、比較的軽微な逸脱から非行の世界に入り込み、非行キャリアを積み重ねるにつれて非行性をしだいに深めていくという、伝統的な非行の発達モデルは、今日でも十分有効なのではないだろうか》(pp.115)というのがこの論文の大筋の結論であるようだ。もちろん、著者らも認めているとおり、「いきなり型」と言われる少年犯罪についての研究は余り多くないけれども、まあ現段階においては「いきなり型」の少年犯罪が深刻化している、という結論には至らないようである。
ありきたりな結論だけれども、「今報道で騒がれているような」少年犯罪だけで世の中を論じることだけは控えめにしましょう。戦前や戦後20年くらいはともかく、今の我が国は世界に類を見ないほど少年犯罪は少ないんだから。
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