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2005年2月11日 (金)

私の体験的成人式論

 1・平成17年1月10日
 「仙台魂をー!」
 「誓います!」
 円陣を組み、平成17年仙台市成人式実行委員会長の伊藤洋介氏の掛け声の後に、伊藤氏と私を含む実行委員11名が一斉に声をあげた。その後、私が
 「出陣!!」
 と勢いよくドアを開け、一人で勝手に暴走している私をよそに実行委員全員が平成17年仙台市成人式会場の舞台袖に移動した。
 平成17年1月10日。仙台市の成人式は、太白区の仙台市体育館で行われた。この日のために、実行委員11名は、8月25日の結成から、試行錯誤を重ねてがんばってきた。そしてこの日、その真価が試されるのである。
 そのときは、あまりいい予感がしているわけではなかった。というのも、成人式開始前に、実行委員の佐藤彰芳氏が、男子トイレで人が倒れていると報告していた。その人は酒に酔ったらしく、おそらく急性アルコール中毒であろうが、このような事件が起こっているのを聞いて、多くの委員が不安に陥っていた(ちなみにこのことについては、仙台の全ての新聞が、委細漏らさず報じていた。なんだかなあ)。
 舞台袖には実行委員と、仙台市長の藤井黎氏、仙台市議会議長の鈴木繁雄氏、副議長の斎藤建雄氏および石川建治氏、仙台市教育長の吉田睦男氏、そしてこれまでお世話になった仙台市教育委員会生涯学習課の皆様が集まった。舞台に上がる前、「誓いの言葉」を述べる実行委員の高橋望美氏と一本締めを担当する蘆立恵氏、そして伊藤氏が励ましあっていた。まもなく本番である。緊張するのも致し方ないことだ。私だって緊張していた。そして他の委員も同様であった。
 本番が始まった。次々と実行委員や市長、教育長などが壇上に登っていく。
 「国賊成人式報道これ討ってよし!」
 と小さく掛け声を上げて、私は壇上に登った。私は高校2年のときから成人式報道の研究をしており、受験勉強中も成人式報道に関する論文を書き上げて投稿していたこともある。今回私が成人式実行委員会に志願したのも、2001年以降「荒れる成人式」一辺倒になってしまった俗流成人式報道ではわからない、成人式の産みの苦しみが知りたい、ということだった。だから、成人式報道に対抗する、ということは私が実行委員会に在籍しているときの一貫しているテーマであった。この掛け声を上げていたとき、ほかの委員の一部が少し笑っていた。
 壇上に上る人たちの着席が終わった。午後2時。成人式の始まりである。会場は少々ざわついていたが、5000人という出席人数を考えれば、これほどざわついていても不思議ではない。ひとまず、出だしは快調だった。
 照明が落ち、司会の黒田典子氏が自己紹介をすると、会場から一部の不逞の輩が
 「典子ー!」
 と黒田氏に対して叫び声を上げていた。私は少し腹が立ち
 「あの莫迦、どうにかならねえか?」
 と小声で愚痴をこぼしたところ、
 「まあまあ」
 と、隣にいた実行委員の榎森早紀氏に諌められた。
 国歌斉唱、藤井市長の式辞が終わったあと、いよいよ伊藤氏の挨拶である。黒田氏の紹介の後、伊藤氏がいよいよ演壇の後ろに立った。伊藤氏の挨拶が始まる。それを後ろから見ていた私は、会場が荘厳な雰囲気に包まれたように感じた。そして伊藤氏も、いつもの明るいイメージとは違い、実行委員長としての貫禄を大いに湛えていた。伊藤氏の声がスピーカーを通じて響く。会場の多くの人が、伊藤氏の挨拶を真剣に聞いていた。
 来賓や主催者の紹介が終わったあと、高橋氏による「誓いの言葉」朗読である。高橋氏は、この「誓いの言葉」を、手話を交えて朗読しようとしていたのである。高橋氏のその話を聞いたある委員が、だったら全員でやってしまおう、と提案してしまい、最初の「誓いの言葉」という台詞と、最後の「誓います」という台詞だけは、新成人であるほかの実行委員7人(伊藤氏、蘆立氏、私、榎森氏、小野寺洋美氏、佐藤氏、三浦文子氏)も手話入りでやってしまおう、という走りになった。
 無論、舞台の向かって右端のほうには、プロの手話師による手話通訳がある。しかし、高橋氏の手話は、見た目こそ拙いものの、その存在感はプロを超えるようなリアリティを持っていたように思えた。この場面が、平成17年仙台市成人式前半の最大の盛り上げ場となったことは言うまでもない。背後に立っている私を含む7名も、拙く、さらにタイミングもばらばらであったが、規定された2つの台詞を手話入りで行い、委員としての5ヶ月弱に及ぶ蓄積と、新成人としての新たな旅立ちを自らの手に込めた。会場の多くが、この「誓いの言葉」に圧倒されていたような気がした。この様子を、新成人でない委員3名(井上澄子氏、丸山愛子氏、渡邊範之氏)はどう見ていたのだろうか。
 この「誓いの言葉」の後、一本締めを行った。壇上にいる全ての人が、蘆立氏を中心に据えて横一列に並んだ。蘆立氏のかけ声は、今までの練習やリハーサルでは見られなかった、この上なく気持ちいいものであった。そのかけ声とともに、実行委員や市長、市議会議長、そして会場の全員が一本締めを行った。実行委員は、一本締めの後は拍手してはいけない、といわれていたが、感動ゆえだろう、一部の委員が拍手をしていた。私は拍手をしていなかったけれども、心の中では拍手をしたい衝動に駆られていた。
 実行委員全員が、満面の笑みを浮かべて実行委員控え室に戻ってきた。その表情はまさに、成人式が成功したことを如実に物語っていた。ある委員が「終わったね!」と言っていたので、私はそれに呼応するように「まだ終わりではない!」と声をあげた。確かに前半戦は終わったが、いよいよ後半戦が待ち受けているのである。
 「仙台魂 ~20歳の感謝祭~」というテーマを掲げた後半戦。この後半戦は、イヴェント形式で、実行委員が企画してきたさまざまなブースを新成人が自由に回る、という企画である。無論式典が終わったら帰ってもいいのだが、出席したからにはここでも参加したい、という人も多かった。我々は、ただ楽しいだけのフェスティバルにしたくなかった。仙台市民としての誇りと、自分の責任を自覚できるようなものにしたかった。そのために、8月からがんばってきたのではないか。確かに前半戦は成功した。しかし後半戦で失敗してどうする。
 消防団が出初の演技を行っている最中、委員はそれぞれの持ち場についた。持ち場には、公募で集まった19歳と20歳の運営スタッフがついていた。私の持ち場を担当する運営スタッフは全て19歳であった。私はスタッフに最後の打ち合わせと指示を行い、後半戦の開始に備えた。
 いよいよ後半戦が始まった。ブースを覆っていた紅白の垂れ幕が外されると、私のブースには多くの人が集まってきた。他のブースもそうだったであろう。私のブースに関しても、私と同じブースに常駐している井上氏、そして運営スタッフがフル稼働で整理を行なってもまだ足りないほどであった。
 「エンジンがかかってきたぞ!」
 と私が叫んだときには、もう時刻は3時を回っていた。
 途中、高校時代の友達はもとより、なんと小学校時代の友達と久方ぶりの再会を喜ぶこともできた。実行委員としてブースに常駐しているときの最大の歓びであった。そんな歓びの中、終了時刻の4時に近づくに連れて会場から人数は徐々に減っていき、ついに午後4時を回った。大団円で終了を迎えることができたのである。感無量であった。我々の成人式は成功したのだ。
 スタッフ控え室で、実行委員とボランティアスタッフ、そして教育委員会の関係者が集まったが、勝利の美酒に酔いしれる暇もなく、即座に解散となった。しかし、実行委員の多くが簡単には帰らず、しばらくの間語りあった。その表情は、さすがに疲れきっていたとはいえ、実に生き生きとしたものであった。他の何物でも味わえぬ感動が、そこにはあったと記憶する。私が控え室を去ったのは午後4時40分ごろであろうか、そのときはすでに半分ほどの委員が立ち去っていたけれども、私は一人で地下鉄の富沢駅に向かった。途中、歩きながら、声優の野川さくら氏の「Joyeux Noel ~聖なる夜の贈りもの~」や、声優の千葉紗子氏と南里侑香氏のユニット「tiaraway」の「想い出good night」が口をついて出てきた。歌っているうちに、涙がこぼれてきた。感極まって泣いてしまったのは、おそらく我が短い生涯の中でもこれが初めてかもしれない。
 ちなみに、富沢駅へ向かうときに道に迷ってしまい、結局私よりも後に出た伊藤氏と高橋氏と一緒に地下鉄に乗ることになったのは内緒だ。

 2・「仙台魂」の成り立ち
 平成17年1月10日、午後2時以降の私の動きをまとめると、ざっとこんな感じになる。時間にすると2時間と30分くらいであるが、さまざまな想いに彩られた極めて密度の高い時間であった。
 このような成人式になるまで、仙台市成人式実行委員及び仙台市教育委員会生涯学習課はさまざまな試行錯誤を経てきた。その始まりとなったのは、前述の通り平成16年8月25日である。
 仙台市成人式実行委員会は、自らが実行委員に志願した18歳以上の仙台市民によって構成されている。20人近く集まった前回の実行委員会とは違い、今回の実行委員は11人、うち男4名女7名、また新成人は8名(男3名、女5名)であった。私はこの委員会の存在を大学1年のときから知っていたので、自分が新成人になる暁には絶対実行委員会に入ってやる、というつもりだった。また、成人式報道の研究のためでもある。もちろんこんな私は11名の中でも特殊で、他の人たちは、例えば仙台市のホームページで実行委員会募集のお知らせを見て、面白そうだから、という理由で入ってくる人も多い。実行委員で新成人は8名、私と、蘆立恵、伊藤洋介、榎森早紀、小野寺洋美、佐藤彰芳、高橋望美、三浦文子の各氏である。
 実行委員の丸山愛子氏は、前回の成人式に20歳のボランティアスタッフとして参加しており、それが面白かったから今回は実行委員として参加したい、と語った。渡邊範之氏は、平成17年に大学を卒業して仙台を離れるので、その思い出作りのために参加したい、と自己紹介の際に発言した。成人式の案内のパンフレットで《超オーバーエイジ》と書いている井上澄子氏は、障害を持った自らの子どもが20歳になる、という理由で新成人の親として参加していた。実行委員の中で新成人でない人はこの3名だが、この3名にも、そして8名の新成人も、さまざまな想いを抱えて、成人式実行委員会に臨んだ。
 しかし、まったくの初対面、というわけではないが、一部の人以外にとっては初対面の人たちばかりである。ほとんど知り合いのいない中で、成人式をつくっていかなければならないのであるから、おそらく全員が半分期待、半分不安を抱えて実行委員会としてのスタートを切ったに違いない。とりあえず第1回は実行委員会の概要と自己紹介、そして前回の成人式のヴィデオを見て、実行委員が何をすべきか、ということを大まかに掴んだ。
 第1回の課題として、とりあえず成人式の第2部でやりたいものを考えてくる、ということを市教委のほうからかされた。私はとりあえず、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる主義でさまざまな企画を手短にまとめてきた。他の人はそれぞれ1人1~2企画程度であったが、伊藤洋介氏だけは、企画を沢山、しかも具体的にまとめて提出してきたのである。これには私は驚いた。私がせいぜい企画書の1行程度で語っていたものを、伊藤氏は企画1枚について企画書を1枚、それも沢山作ってきたのである。活動開始初期からの伊藤氏の活躍もあってか、第3回、伊藤氏は立候補した私と蘆立恵氏を凌駕する支持を得て実行委員長に選ばれた。
 だが、実行委員長及び副委員長(私と蘆立氏)を決めたのはいいのだが、肝心の企画が一向に決まらないまま進行してしまったのである。前回の反省を踏まえて、今回は企画をなるべく速いうちに決めてしまおう、という提案が市教委からあったのだが、それがなかなか決まらず、本来隔週であるはずの実行委員会を毎週開催するという事態に陥ってしまった。
 そんな混迷の中で、まずコンセプトから決めてしまおう、という意見が出た。なるほど、確かに方向性を1つ決めてしまえば、後はそれに乗って企画を立てればやりやすい。早速コンセプトを決めようとしたのだが、やはり意見百出であった。しかし、大方で共通していたのが、「20歳になって、周りの人などに対する感謝をする」という意見である。また、私は当初から、成人式は仙台市の主催であることを前面に押し出すべきだ、と主張し、他の人たちも「仙台」ということを前面に押し出す、という意見を持っていた。
 蘆立氏だったと思うが、誰かの口から「仙台魂 ~20歳の感謝祭~」という意見が飛び出した。実行委員は、即座にそのコンセプトに絶大な賛意を示し、これがコンセプトとなった。仙台、感謝。当初からあったこの2つが見事に融合した、素晴らしい言葉であり、ここには、我々の成人式にかける想いも存分に詰まっている。
 かくして「仙台魂」は動き出したのである。

 3・企画を立てる
 さて、一つの方向性が決まったのはいいが、次にやるべきことは企画を具体的な形にすることだった。
 無論、この企画を形作るためには、第1回で課題として出され、第2回以降で発案された数々の企画案が基盤となっている。
 私が最初から主張してきたのは2つある。まずは簡易式の健康診断。前回の成人式の第2部で、体力測定というものがあったが、これではだめだ、もっと包括的なものにしなければならないと思い、アルコールパッチテストなどを含めた簡易式の健康診断にすべきだ、と提案した。これは割と受けがよく、特にアルコールパッチテストに関しては多くの人が絶対やりたい、と賛意を示してくれた。
 もう一つは社会制度に関するパネルの展示。要するに20歳になるとさまざまな権利と義務が課せられるのだから、それを成人式の場でパネル展示すべき、という主張である。ところがこれに関しては反発が大きかった。すなわち、成人式の場に選挙だとか年金だとかを張り出して何の意味があるのか、と。このような主張に対して、私は自らの意見を曲げなかった。しかし、今になって考えてみれば、現在の制度に関する批判的なものの見方や、特に選挙に関しては「投票率至上主義」の謗りを受けかねない我が態度は恥ずべきものであったように思える。パネル展示に関しては、もう1つ、仙台で実施されている祭りを採り上げて、それにいかに市民が関わっているかを紹介すべき、という丸山氏の意見があり、社会制度の関する企画展示はこちらと統合する走りとなった。
 さまざまな企画が提出され、それが成人式の場にとってふさわしいものであるか、ということを、何回も何回も企画して、最終的に当日に至るのだが、企画を決定する段階で、もう一つの大きな壁も存在した。
 それは実現可能性である。
 当初は、例えばアフガニスタンの学校に募金を送るとか、あるいは新成人がステージに立って決意を表明してもらうとか、それこそ夢にあふれた企画が飛び出していた。しかし、これらの企画に関しては実現可能性という罠が大きく横たわっていたのである。例えばアフガニスタンに募金を送る場合は、まずどこに送るか、ということを、具体的な施設名(学校や病院など)まで明らかにした上で送らなければならないのである。実行委員長の伊藤氏が「ペシャワール会」(アフガニスタンで医療活動を行なっている団体)に問い合わせたところ、そのような答えが返ってきたというのである。
 ステージに上る類の企画については、平成13年にその絡みで騒動が起こった、という。実は、私が成人式報道研究に目覚める前、この騒動があったことをテレビで見ていた。平成13年ということで、マスコミが成人式批判なる莫迦騒ぎに熱中していた、という環境の下での出来事であったから、私に植え付けた印象も相当に強烈であったのだろう。市教委の方からこのヴィデオを見るか、と問いかけてきたので、私は苦笑いしながら、夢に出そうだといって遠回しに断ったのだが、結局見てしまった。
 ヴィデオを見て仰天した。私が予想していたよりも格段に平穏に収まっているではないか。これではっきりした。私の見たニュース映像は、自体がひどかった少しの時間だけを切り取って、大々的に報じたものであったのである。これでマスコミの成人式に対する態度が少し垣間見える気がして、少し悲しい気持ちになった。

 4・広がる可能性
 しかし、企画立案の段階では、何も実現可能性という足枷の下で可能性が狭まっていくことばかりではなかった。逆に、実現可能性が、成人式の企画を大きく飛翔させた、という一面もある。
 例えば、企画の中に、仙台七夕を意識して、自らの決意を短冊に書いて笹につるす、という企画があった。そこで使われている短冊は、仙台の伝統工芸品の1つである「柳生和紙」である。企画をまとめる段階で、ある委員が「柳生和紙」という和紙がある、という発言をした。この和紙に関しては、現在ではそれを作る職人が極めて少ないため、この和紙の存在を広めることができないものか、ということで使用が提唱されたのだが、この発案は実行委員の間では極めて評判がよく、即座に採用された。
 また、募金を送る企画に関しては、アフガニスタンは無理だとしても、仙台に最近できた「県立こども病院」という、我が国では数少ない小児科専門の大病院があるのだが、そこに贈るのかどうか、という発案があった。これは、実現可能性の視点から見ても、十分に実現可能なものであった。新成人の心を込めた募金などが「こども病院」に贈られるのを考えると、それだけでも気持ちが昂ってくる。
 私の発案である健康診断に関しても、ある委員がストレスチェッカーという機械の存在を教えてくれて、それを使うには機械のレンタル費と、常駐する機械のメーカーの職員の人件費がかかるのだが、その費用も予算を圧迫するようなものではなかったので、導入される運びとなった。結果的にこの企画は、素足にならなければならないので女子はあまり来なかったが、それでも評判としては上々であった。
 偶然が思わぬ結果をもたらすこともある。平成16年11月2日、インターネット関連企業の「楽天」が仙台に新球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」を設立した。成人式の中には、小野寺氏のデザインによる成人式の案内パンフレットの表紙絵や、仙台のサッカーチーム「ベガルタ仙台」の団旗などをバックに写真を撮る、という企画があったのだが、その中に東北楽天のフラッグを入れてみてはどうか、という発案があった。そのためには成人式までに東北楽天のフラッグのデザインが決定する必要があったのだが、決定が間に合い、成人式の会場に東北楽天のフラッグが掲示された。
 かくして我々の成人式の企画はその可能性を次々と膨らまして、実行委員は当日までさまざまな準備をする運びとなった。
 今一度、平成17年成人式第2部の企画と、担当者を紹介しよう。(◎は当日のブース責任者)

 ・写真撮影
 担当:◎高橋望美、丸山愛子
 無地背景やデザイン背景、及びベガルタや東北楽天の団旗をバックに写真を撮ることができる。
 ・250/1000000人のメッセージ
 担当:◎井上澄子、小野寺洋美
 市民の皆様からいただいた写真によるメッセージの掲示をする。写真は実行委員が撮影した。
 ・健康&体力ステージ
 担当:◎後藤和智、三浦文子、井上澄子、小野寺洋美
 肺活量、握力、背筋力の体力測定、及びアルコールパッチテストとストレス測定による簡易式の健康診断。臓器提供意思表示カードなどの配布も行なう。
 ・祭りだわっしょい!
 担当:◎丸山愛子、榎森早紀、後藤和智、佐藤彰芳
 仙台で行なわれている主要な祭り4つ(青葉まつり、仙台七夕、ストリートジャズフェスティバル、光のページェント)を紹介。
 ・「仙台魂」を刻もう!
 担当:◎蘆立恵、佐藤彰芳、三浦文子、高橋望美
 短冊やオリジナルのうちわに自らの決意を書く。
 ・感謝の気持ちを手紙にのせて
 担当:◎渡邊範之、榎森早紀
 渡邊氏のデザインによる葉書きで、家族や友達などに感謝の気持ちを伝える。ここで回収箱に提出すれば送料は無料である。
 ・チャリティ・ホスピタル
 担当:◎伊藤洋介、渡邊範之
 県立こども病院に入院している子供達への千羽鶴と励ましのメッセージを書く。これをこども病院に送ったことに関しては、河北新報が報道した。
 ・ワンコインでベストショット!
 担当:◎小野寺洋美、伊藤洋介、蘆立恵
 古いタイプの「プリント倶楽部」で記念写真を撮る。ここで回収されたお金は県立こども病院に寄付される。

 5・当日の反省、そして大団円
 平成17年仙台市成人式は、冒頭でも述べたとおり、無事に結末を迎えることができた。しかし、それでも問題が山積している。例えば写真撮影のブースにおいて、前回はポラロイドカメラを設置していたのだが、今回は設置していない。それが原因で、成人式の会場で写真を撮りたい、という人たちから苦情を受ける羽目になった。また、あまりにも人数が多く、伊藤氏や私は自分が責任者として担当するブース以外のところをまわることができなかった、という反省もあった。
 今回の反省点を活かしつつ、いかに来年につなげていくか。「仙台魂」なる秀逸なコンセプトが生まれた今回の熱気を、いかに来年に伝えていくか。おそらく市教委の人も何人かは来年も成人式を担当するだろうし、今回実行委員になった人たちの中にも来年何らかの形で成人式に再び参加する人もいるかもしれない。
 成人式は、沢山の人の想いによって支えられている。今回の成人式に関わったのは何も市教委と実行委員会だけではなく、公募によって集まった、19歳と20歳の人だけで構成されるヴォランティアスタッフや、同じくヴォランティアで働く小学校や中学校の先生、そして会場設営に関わる業者の人々や、司会を務めた黒田典子氏、仙台市長・藤井黎氏他仙台市の主要なポストの方々、そして参加者、あるいは参加しなかった新成人。成人式にはそれぞれの物語があり、受け止める想いもそれぞれによって違う。
 平成17年1月28日、最後の成人式実行委員会と打ち上げが行なわれた。そこで各々の委員が自らの感想と反省を語り、これで平成17年仙台市成人式は完全に幕を下ろした。広瀬通近くのしゃぶしゃぶ屋で行なわれた打ち上げでは、実行委員会が大いに食べて、飲んで、実行委員としての最後のひと時を語りあった。ここでサプライズがあった。市教委の人が、実行委員それぞれに「修了証書」を手渡してくれたのである。市教委の人々が我々実行委員に与えてくれた評価は、全て満点であった。
 思えば、ここに、「仙台魂」のほかにも「実行委員魂」があったのかもしれない。
 ここで酌み交わした酒は、勝利の美酒の味がした。しかしこの「勝利」は何を意味するものであったか。それは自らの不安や、そのほか自らの足を引っ張るもの、成人式の意図を後退させるものに対する勝利であったのかもしれない。
 2次会はカラオケだった。ここで私はtiarawayの「Your Shade」を歌ったのだが、またしてもここで感極まって泣いてしまった。この曲は、実行委員の中では私以外誰も知らなかったのだが、みんな知らないにもかかわらず大いに盛り上がってくれた。他の委員も、ヒット曲を中心に制限時間の許す限り歌い続けた。
 そして最後は、「仙台魂」ということもあってか、仙台出身のシンガーソングライター、さとう宗幸氏の「青葉城恋歌」をみんなで歌った。残念ながらこの曲に関しては、私は「歌詞を見てやっとサビの部分だけ歌える」というお寒い状況なのだが、実行委員それぞれが自らの心に仙台魂と実行委員魂を刻み付けた。
 平成17年仙台市成人式実行委員会は幕を閉じた。実行委員のうち、渡邊氏は就職のため仙台を離れる。打ち上げの席の中で、伊藤氏は「とりあえずYMCAに戻る」と発言し(「通販生活」2005年1月号のインタヴューにもあるとおり、伊藤氏は「仙台YMCA」で活動している)、私も「とりあえず勉強と執筆だな」といった。現在、実行委員として苦楽を共にした人たちが何をしているのかはわからない。しかし、実行委員として苦楽を共にした経験は、全ての実行委員の中にある。
 2次会で私が歌った、tiarawayの「Your Shade」に、《『偶然』に動き出した全てを/『運命』と呼べる日まで…》というフレーズがある。平成16年8月25日、実行委員として集まった11人の組み合わせは確かに《偶然》であった。しかし、成人式という1つの形となったとき、この組み合わせは《運命》と呼べるくらいのものに変わっていた。この11人(毎回委員会に出席していた井上氏の子供も含めると12人になるが)の中で、誰かが欠けていてもこのような成人式にはならなかったのだから…。

 6・成人式をいかに肯定すべきか
 最後に、成人式のあり方について、私見を述べさせていただきたい。
 2001年1月28日付朝日新聞や、「通販生活」2005年1月号の特集が示すとおり、現在の成人式の走りは、昭和21年、埼玉県蕨市で敗戦直後に絶望感に打ちひしがれていた若年を励ますために行なわれたこととなっている。無論、昭和31年に経済白書に「もはや戦後ではない」と書かれて49年が経過した現在において、そのような状況があるはずもない。
 しかし、《雄化・雌化した今の若者たちを、一定の時間ある場所に押し込めておいて、「暴れるな」「行儀よくしろ」といっても、「動物生理学的」に不可能な話》(「通販生活」2005年1月号)などと極めて根拠薄弱な暴言を吐く大谷昭宏(わけあって敬称略)の如きはそこらに放っておくとして(そもそも《動物生理学的》って何なのさ)、早稲田大学教授・吉村作治氏の《20歳になったというだけの若者を励ますために、わざわざ税金を使って成人式をする必要があるのでしょうか》(「通販生活」2005年1月号)の如き批判には、大いに疑問が湧く。
 私は、平成17年仙台市成人式のパンフレットにおいて、《これからの時代にとって、「市民」あるいは「国民」としての自分の生き方を見直す、という意味での成人式があってもいいのではないか。そう思いこの委員会に臨んだ所存である。ここに参加することで自分を見つめ直す人が少しでもいれば幸いである》と書いた。また、自ら勝手にスポークスマンを買って出て、2004年12月24日付河北新報に投稿した文章でも、《私は「市民」または「国民」としての自分を見直すための成人式、という在り方重視している》と書いた(ちなみに、私の書いた文章の一部が、藤井黎氏の式辞で引用された。私の名前は出されなかったが)。
 私が成人式のあり方として一番賛成しているのは、町田市教育委員会社会教育課長補佐・松本司氏の所論である。松本氏は、2002年2月15日付朝日新聞「私の視点ウイークエンド」欄で、以下のように書いている。曰く、

 成人式は社会に出て行く若者に大人の自覚を促し、励ますためのひとつの手段にすぎなかったはずである。しかし、多くの自治体では、手段と目的が転倒し、ともかくも成人式を平穏に終わらせることに汲々としてきたのではないか。(松本司[2002])

 まったきその通り、というほかない。「荒れる成人式」への不安がマスコミによって煽られ、多くの自治体が、成人式の存在意義を疑わずにただひたすら成功させることのみに終始してきた。これでは「成人式」によって成人式が殺されている、といっても過言ではないではないか。
 政治や社会に対して参加する方法は何も選挙だけではないはずである。本来なら社会参加に関すれば多くの手段が約束されているはずである。だから、成人式は、そんな多様な社会参加へのあり方を提示する場として用意されるべきである、と私は考えている。それと同時に、自らの20年を振り返る節目としての成人式というものも重視すべきであり(「通販生活」2005年1月号のインタヴューで、伊藤洋介氏が述べていることであるが)、この2つを両立しない限り、現在の時代における成人式は成立し得ない、と私は考えている。平成17年仙台市成人式において、この目的が達成しえたと思われるのが、丸山愛子氏が提案した仙台の祭りに関するブースと、渡邊範之氏が提案した自分の親や友達に感謝の手紙を送る、という企画である。特に仙台市では、季節ごとに行なわれる祭りに関して、市民が主体的になって運営し、定禅寺ストリートジャズフェスティバルにおいては、一般市民が入ることのできる実行委員会を設けている(菊地昭典[2004])。
 また、成人式においてイヴェント的な企画をやることと、成人式の「本来の」目的を果たすことは、決して相反することではない。成人式におけるイヴェント的な企画は、例えば2002年1月14日付産経新聞に掲載されていた罵詈雑言的な社説における文章の如く、《後半は自由気ままにふるまう時間を与える代わりに、前半の式典だけは静かにしてほしい"お願い"である》と認識されることが多いが、新成人に多様な社会参加を提示したり、あるいは自分を見直すための機会を与えるというのであれば、むしろイヴェントを行なうべきなのである。
 これらのイヴェントの企画、そして式典には、より多く、しかし問題意識の高い市民の知恵をたくさん導入すべきであり、NGOやNPO、市民団体の参加も視野に入れなければならない。この意味において、成人式に関して市民による実行委員会を設置するにはそれ相応の意義があるように思える。平成17年仙台市成人式において、障害の持った方にも多く参加してもらえるように配慮したところもあるが、これは障害を持った子どもを持つ井上澄子氏の活躍がなければ実現し得なかったことである。
 ついでにマスコミに関しても言っておく。平成13年以降の成人式報道が果たしてきた役割は皆無に等しいのだが、もしあるとすれば、それは成人式に関する議論の論点をずらし続け、成人式のあり方を疑わずに無意味な成人式批判に奔走する連中を大量に生み出したことだろうか。若年層に対して社会参加の多様な選択肢を提示する、という責務を怠って、そのくせ若年批判しかつむげぬマスコミは、まさにその存在を疑われても仕方がない。マスコミの腐敗が生じるところに言論の堕落が生じる。そのことを何よりも証明してくれたのが、成人式報道なのである。

 平成17年仙台市成人式実行委員会のその他の役割
 バス・地下鉄記念乗車カード、及びパンフレット表紙デザイン:小野寺洋美
 「誓いの言葉」作成:高橋望美
 1本締めの言葉作成:蘆立恵
 ミヤギテレビ・仙台市の広報番組「みちのく亭仙台寄席」に出演(2004年1月8日放送):伊藤洋介、後藤和智、丸山愛子
 ミヤギテレビ「OH!バンデス」に出演(2004年1月7日放送):伊藤洋介、後藤和智、高橋望美、丸山愛子、三浦文子
 「OH!バンデス」の出演を交渉:井上澄子

 参考文献・資料
 菊地昭典[2004]
 菊地昭典『ヒトを呼ぶ市民の祭運営術』(学陽書房・2004年11月)
 松本司[2002]
 松本司「若者の社会デビュー事業に」=2002年2月15日付朝日新聞

 斎藤環『ひきこもり文化論』(紀伊國屋書房・2003年12月)
 篠原一『市民の政治学』(岩波新書・2004年1月)
 歪、鵠『「非国民」手帖』(情報センター出版局・2004年4月)

 Special Thanks(敬称略)
 伊藤洋介、蘆立恵、井上澄子、榎森早紀、小野寺洋美、佐藤彰芳、高橋望美、丸山愛子、三浦文子、渡邊範之(以上、平成17年仙台市成人式実行委員会)、内海雅彦、伊藤仁、冨田直美、鈴木一彦、齋藤浩一(以上、仙台市教育委員会)、藤井黎(仙台市長)、河北新報整理部、ミヤギテレビ、そして私の両親

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コメント

こんにちは。ときどきオジャマしております。
私自身の「成人式」は、もう二十ン年前になりますが、半分は“親のため”に、前日から和風の髪を結い上げてもらい、それを潰さないように気をつけて寝て(実際は、気になってほとんど眠れない)、当日の朝はまだ暗いうちから美容室などへ出向いて、着崩れないようにギュウギュウにヒモで縛られて晴れ着を身につけ、町の写真館で行列を作って記念写真を撮影して・・・式典が始まるころには、すでに貧血を起こして倒れそうな状態でした。
「成人式」のなんたるかなぞ、考える余裕もありませんでした(^^;

投稿: rabbitfoot | 2005年2月12日 (土) 17時38分

ちょっとごぶさたです。
あなたの文章に
夢中になってしまいました。
誰一人欠けても
あの式はなかったですね。

投稿: enomori | 2005年2月15日 (火) 20時01分

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