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2005年4月28日 (木)

俗流若者論ケースファイル18・陰山英男

 最初に言っておくけれども、尾道市立土堂小学校校長の陰山英男氏が「文藝春秋」平成17年5月号に書いた「「学力低下」世代が教師になる日」は、タイトルだけは極めて扇動的だけれども、論旨の大部分に関しては特に異論はない。しかし、看過できない箇所があったのでそこを批判したい。

 陰山氏は294ページにおいて、《学力低下問題の本質があり、処方箋が存在する》(陰山英男[2005]、以下、断りがないなら同様)とした上で、こう述べる。曰く、《結論から言おう。テレビ漬けと塾漬けで崩れた生活習慣が子供の元気を奪い、学力低下を招いているのだ》と。このような論旨の問題点に関しては後述する。陰山氏は294ページ2段目から次のページ、すなわち295ページの2段目中ごろにかけて、陰山氏が校長を勤める土堂小学校の事例を提示した上で、《こうした基礎学習の反復や音読は、知識の習得もさることながら、脳にある前頭葉の働きを活性化させる効果があることが、大脳生理学の専門家である東北大学の川島隆太教授の研究で明らかになっている》と書いている。どうもこの文章の文脈から考えると、前頭葉云々の記述は余計なものではないか、と思われる。
 陰山氏は295ページの3行目において、《昨年3月に発表された東京都民研学校保健部会と東京総合教育センターの子供の終身時間に関する調査は、1979年と2002年で大きな様変わりをしている。小学四年生では22時以降に就寝する子は10パーセント台から40パーセント台に、小学6年生では60パーセント大と大幅に増えている。すると、どういうことが起こるのか。広島県の基礎基本調査では睡眠時間と学力の相関関係が明らかになっている》と書いているのだが、これに関しては統計学的な検証が必要だろう。例えば、陰山氏が提示している睡眠時間の統計は東京のものであるのに対し、睡眠時間とテストの点数(=学力)の相関関係を示したものは広島県のものである。種類の違うデータを無理やり結びつけたところで、そこから優位な結論が生まれることはまずありえないだろう。陰山氏は、この文章の中で、子供たちの睡眠時間が少なくなったから学力低下が起こったのだ、といいたいのかもしれないが、すくなこともこのような問題点を克服しない限り、そのような論証立てをするのはむしろ危険といわざるを得ない。蛇足だが、相関関係は因果関係にあらず、ということは、統計学の常識として頭に入れていただきたい。

 陰山氏はこの後、さらに暴走してしまう。296ページの2段目はじめのほうから、3段目の中ごろまでを全文引用しよう。

 では、子供の睡眠時間を奪ったものはなんだろうか。それが受験競争の低年齢化と、テレビ、ゲーム、インターネット、携帯電話である。こうしたディスプレーが一日中手放せない。子供たちに人気の「3年B組金八先生」は、昔は午後9時からの放送だったが、今では10時から。それくらい子供たちの夜更かしが進んでいる。一言でいえば、ディスプレー依存症にかかっているのだ。

 一日に二時間を越えるテレビの視聴は、学校教育にとって致命的な意味があることを、ぜひわかっていただきたい。一年365日で730時間い達し、小学校の全学習時間706時間を軽く越えてしまうのだ。テレビ視聴についてはいろいろ議論があるが、音読なみに脳を活性化させる親子の対話や言語能力の獲得に必要な読書の時間を食ってしまっていることは間違いない。最近起きた佐世保や寝屋川の事件の背景にはビデオやゲーム、インターネットなどへの接触が中毒といってもいい段階に達することが一つの引き金になっていたことを考えると、ことは学力にとどまらない深刻な問題である。道徳の授業を週一時間くらいやったところで、心の教育に勝ち目はない。

 しかし、世の批判は学校に向かい、ただこうしたディスプレー依存の問題は真剣に取り組まれていない。土堂小学校では私の呼びかけにこたえ、ほとんどの子供のテレビ視聴は二時間以内である。土堂小学校の観察者が誰でも口にする「子供が元気」の秘密はここにある。

 正気の沙汰で書いているのだとしたら、陰山氏は本当に教師として相応しいマインドを持っているのか、と疑いたくなってしまう文章である。まず、引用文の一段落目において、《子供の睡眠時間を奪ったものはなんだろうか。それが受験競争の低年齢化と、テレビ、ゲーム、インターネット、携帯電話である》と陰山氏は断定的に語ってしまうけれども、それが本当に影響を及ぼしているか、ということに関して陰山氏は具体的なデータを示すべきだろう。また、陰山氏は《子供たちの夜更かしが進んでいる》証拠として、《子供たちに人気の「3年B組金八先生」は、昔は午後9時からの放送だったが、今では10時から》ということを示しているのだが、これは子供たちの睡眠時間が遅くなった、ということよりも番組の編成の問題だろう。また、何割の子供が「金八先生」を視聴しているか、ということに関しても、陰山氏は答える必要があろう。しかも陰山氏は《一言でいえば、ディスプレー依存症にかかっているのだ》といっている。安易に「依存症」という言葉を使わないほうがいい、と言っておく。

 二段落目、陰山氏は《音読なみに脳を活性化させる親子の対話や言語能力の獲得に必要な読書の時間を食ってしまっていることは間違いない》と、これまた断定的に語っているのであるが、影山氏の文章から見えてくるのは、学力低下は「脳」の異常から起こっている、と陰山氏が考えていることだろう。しかし、例えば音読や対話や読書が「どのように」脳を活性化するのか、またテレビの視聴やゲームなどが「どのように」脳を活性化しないのか、ということを、陰山氏はそのデータを提示した上で説明する必要があるのではないか。

 しかも陰山氏は、自らの思い込みに固執するあまり、事実誤認をやらかす。それが、《最近起きた佐世保や寝屋川の事件》に関する認識である。例えば佐世保の事件に関しては、この事件の犯人と被害者が、学校の中でも常に顔を合わせている関係であり、しかもチャットでも頻繁に言葉を交し合っていた、ということは報道などから明らかになっているのだが、陰山氏など、この事件を「ゲームの悪影響」なるものと絡めて語りたがる人たちは、前者をさも「なかったもの」として、後者をセンセーショナルに取り上げることが多い。寝屋川の事件に関しても、多くの報道は「ゲーム」だとか「ひきこもり」だとかをセンセーショナルに採り上げたけれども、それらはマスコミがパブロフの犬の如く反応する「しるし」に過ぎなく、例えば精神科医の斎藤環氏はこの事件に関して「ゲームの悪影響」を語ることは問題だ、としている(「週刊朝日」平成17年3月4日号)。いずれにせよ、これらの象徴的事件だけを引いて、ゲームやテレビが子供に悪影響を及ぼす、と断定してしまうのは、危険といわなければならないが、陰山氏はそこをわかっているのだろうか。そもそも、我が国において、少年による凶悪犯罪は、ゲームがなかった頃に比べて著しく減少しているのだが、そのことに関しても陰山氏は考慮する必要があろう。

 陰山氏の文章は、他の部分はおおむね理解できるのに、なまじこの部分によって俗流若者論に堕してしまっているのが気がかりだ。陰山氏は、徒にゲームを敵視するのではなく、それを子供を巡る環境の多層的なファクターとして正確にとらえて、その上で議論をしていただきたい。さもないと、森昭雄や正高信男の如き疑似科学に足をすくわれることになろう(既にすくわれているのかもしれないが)。

 参考文献・資料
 陰山英男[2005]
 陰山英男「「学力低下」世代が教師になる日」=「文藝春秋」2005年5月号

 苅谷剛彦、志水宏吉(編)『学力の社会学』岩波書店、2004年12月
 斎藤環『ひきこもり文化論』紀伊國屋書店、2003年12月
 谷岡一郎『「社会調査」のウソ』文春新書、2000年5月
 広田照幸『教育言説の歴史社会学』名古屋大学出版会、2001年1月
 パオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』イースト・プレス、2004年5月

 岩川直樹「誤読/誤用されるPISA報告」=「世界」2005年5月号
 佐藤学「「改革」によって拡大する危機」=「論座」2005年2月号、朝日新聞社
 佐藤学「劣化する学校教育をどう改革するか」=「世界」2005年5月号、岩波書店

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著者: 陰山 英男 タイトル: 本当の学力をつける本―学校でできること 家庭でできること 著者は、「百ます計算」など、反復学習の実践で有名な陰山秀男先生です。 陰山氏によると、日本の子供たちの学力低下の傾向は、「子供たちが勉強しなくなったのではなく、勉強して学力低下してしまっている」からだそうです。そして、この謎解きをしないと本当の学力低下に対する対策はとれない... [続きを読む]

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