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2005年4月24日 (日)

俗流若者論ケースファイル16・浜田敬子&森昭雄

 どうも最近の傾向として、青少年問題を「脳」と結び付けて考えるのが流行っているらしい。特にその「脳」に対して悪影響を及ぼすのが、一様にテレビだとかゲームだとか携帯電話だとかに傾いているのもまた不思議である。このような短絡した考え方が広まったのは、過去にも何度かあるのだろうが、特に最近のものとしては、例えば北海道大学教授の澤口俊之氏が「今時の若者」の「問題行動」を前頭葉の異常と強引に結びつけたりとか、あるいは上智大学名誉教授の福島章氏が事件を起こした少年犯罪者に脳の異常が見られた、ということを喧伝してから起こったと思う。これらの議論に関しては、例えば評論家の宮崎哲弥氏や精神科医の斎藤環氏などが集中的に批判しているけれども、これらの議論が受け入れられる基盤はどうやら磐石であるようだ。また、彼らは「今時の若者」の「脳」については易々と語るのに、それ以上に問題のある人物、例えばブッシュや金正日や小泉純一郎の「脳」にはまったく触れない。そのあたりの「政治的配慮」は得意なのだろう。

 そのムーヴメントの中心にいるのが、曲学阿世の徒、日本大学教授の森昭雄氏であることには疑いはないだろう。過去に森氏を批判したときにも述べたが、森氏は平成14年に『ゲーム脳の恐怖』なる本を出版し、大々的なゲーム批判を呼び起こした。滑稽なのは、その出版にあたって一部の新聞や雑誌がそれの宣伝と見られても仕方がない記事を書いたことだ。私の記憶している限りでは、そのような行為を行なったのは毎日新聞と、朝日新聞の週刊誌「AERA」であるが、今回はその「AERA」の宣伝記事を検証してみよう。この記事の執筆者は、同誌編集部の浜田敬子氏である。記事のタイトルは「TVが子供の脳を壊す」(平成14年7月15日号掲載)。衝撃的だ。記事の内容はそれにも増して衝撃的だが。

 冒頭、浜田氏は、兵庫県朝来町立山口小学校教諭(当時)の陰山英男氏が、《授業中に視線が宙を浮遊するようにボーッとしたままの子がクラスに3、4人は残る。そういう子は、テストでたまに90点をとっても、次はガタッと落ちるし、忘れ物も多い》(浜田敬子[2002a]、以下、断りがないなら同様)ことに関して、《陰山英男さんが、彼らの共通点に気付いたのは、ある生徒を家庭訪問したときのこと。昼夜問わず、いつ訪れても大音量でテレビがつけっぱなし。効果が上がらない生徒たちは、例外なく1日2時間以上テレビを見ていた》ということを紹介し、浜田氏もそれに同調しているようだ。しかし、陰山氏及び浜田氏に問い質したいのは、効果が上がっている生徒に関してもテレビの視聴時間を計測したのだろうか、ということである。そのようなデータもなしに、陰山氏の「実感」(事実、浜田氏は、後に《「死長時間が1時間半を超えると、基礎学習のプラス効果が相殺される気がする」と影山さんは「実感」している》と書く)がさも正しいものであるかのように論ずるのは、科学的なことを記事化する者としての資質を書いている、といわれても仕方がないだろう。

 もう一つ、浜田氏は、陰山氏がらみに関して言うと、《影山さんの、「これではテレビ学校に通っている状態(筆者注:ベネッセ教育総研によると、小学5年生の平日のテレビの平均視聴時間は162分であるという。休日などの影響を考えて計算すると1年で約730時間になり――浜田氏の試算。1日2時間として計算している――学習指導要領で定められている授業時間=700時間を上回る)。その影響力に授業が勝つには時間制限しかない。テレビを見ないようにできたら、学力向上の半分は達成できたと同然」と言う言葉には説得力がある》と書く。残念ながら、説得力はない。というのも、もしそれが正しいのであれば、陰山氏が事例として出している《3、4人》どころでは済まないからだ。しかも、どこまでもテレビ視聴時間以外の実例がなく、ただ不安だけ絵を煽る文章になっている。また、これが正しいなら、子供たちは休日や長期休暇を境に一気に学力が低下してしまうはずだ。しかし陰山氏は強気ならしく、最近「ディスプレー症候群」なる珍概念を発明してしまった。そして、公明党の国会議員である池坊保子氏が平成17年3月15日の「青少年問題に関する特別委員会」でこの珍概念を使っている(ちなみに池坊氏は、同委員会の理事である)。

 閑話休題、浜田氏の記事の検証に戻ろう。浜田氏は9ページの(ちなみにこの記事は巻頭記事である)4段目から5段目にかけて、東北大学教授の川島隆太氏の《テレビが子供の能に及ぼす影響についての科学的なデータはまだ世界的にもない。子供の脳がどう発達していくかの研究もこれから》というコメントを引くけれども、そのような事実はお構いなしで、しかし科学的な実証に裏付けられたわけではなく、ただ「実感」だけで話を進めてしまっているのである。ちなみにこの記事において採り上げられている学者である、清川輝基(NHK放送文化研究所専門委員)、片岡直樹(川崎医科大学教授)、澤口俊之(北海道大学教授)、そして森昭雄(日本大学教授)の各氏は、特に「ゲーム脳」の批判者から極めて問題の多い学者であると指弾されている。

 さて、浜田氏は9ページの5段目から10ページの2段目にかけて、片岡氏が診断した子供について触れている。これらに関して、浜田氏は、《テレビ・ビデオ漬けの生活で、「新しいタイプの言葉遅れ」が増えていると感じる》という片岡氏の言葉を引くけれども、これも結局は片岡氏の「実感」に過ぎず、《新しいタイプの言葉遅れ》と《テレビ・ビデオ漬けの生活》が有意に相関関係にあるのか、ということに関する実証的な研究の有無を浜田氏は問い質すべきだろう。しかし、浜田氏はそのようなことをせず、ただただ片岡氏などに同調してしまう。

 さて、ここからが本番である。浜田氏はついに『ゲーム脳の恐怖』について語りだす。しかし面白いのは、浜田氏が「ゲーム脳」に関して語り始めたはじめのほう、10ページの最後から11ページの最初にかけて、《実験のきっかけにもなった、脳は測定器の開発担当者は全員、脳の前頭前野が活発に活動している際に出るβ波がほとんど出ていなかった。1日じゅう画面に向かって座り、だれとも口をきかず、指先だけ動かす状況はゲーム時と酷似している。相手がパソコンでも、「劣化」は起きていたのだ》と語ってしまうことである。だったら、そのような人が作った人が作った計測器自体、信用できないではないか。また、浜田氏は《ゲーム時と酷似している》状況を《1日じゅう画面に向かって座り、だれとも口をきかず、指先だけ動かす状況》と書いているけれども、よほどジャンキーなゲーマーでない限り、そのようなことは絶対無いだろう。

 この記事においては、なんと浜田氏も森氏の「診断」を受けてしまう。その結果、浜田氏の脳は、《典型的なビジュアル脳(筆者注:森氏は「ノーマル脳」「ビジュアル脳」「半ゲーム脳」「ゲーム脳」の4つの分類を用いている)》だったという。浜田氏は《テレビは見るが、ゲームはしないのに…》と嘆くけれども、《1日数時間パソコンに向かっていれば同じ》と言われて納得してしまう。ここで浜田氏は疑問を挟まなかったのだろうか。どうしてテレビやゲームよりも、パソコンの影響のほうが「弱い」のか、と。おそらく浜田氏は1日数時間パソコンに向かっているのだろうが、それによる脳の「劣化」の度合いが《ビジュアル脳》止まりだというのは、どう考えても不可解ではないか。浜田氏は、10ページの上のほうで、パソコンに関して《ゲーム時と酷似している》と述べているのに。これでは「大本営発表」ではないか。

 しかし浜田氏は止まらない。浜田氏は、「AERA」の平成14年10月7日号において、さらに「携帯メールが脳を壊す」なる記事を書いてしまい、しかもここにも森氏が登場しているのだ。

 浜田氏は、《ゲームもせず、テレビもほとんど見ないのに、なぜか「ゲーム脳」という男子大学生がいた。聞けば、1日に携帯メールを2時間以上。友達との会話のほとんどがメール、という生活だった》(これ以降は浜田敬子[2002b]、以下、断りがないなら同様)と書いている。この1例だけで、携帯電話の使いすぎが「ゲーム脳」を招く、というのは至極短絡的だろう。しかもこの後、浜田氏は《携帯メールは、文章を作るので一軒頭で考えているようですが、実際は挨拶程度や単語の羅列に近く、文章とはいえないものも多い。文字を画像として認識し、反射的にボタンを押しているから、テレビゲームに近いんです》という森氏の言葉を引いているけれども、結局のところこれは単なるステレオタイプに過ぎないのではないか。蛇足だが、森氏は同じステレオタイプを、2年半年後に「潮」の平成17年4月号で性懲りもなく書いている(森昭雄[2005])。

 しかも面白いことに、浜田氏はその直後に《1日10時間メールをするという女子高生は、ゲーム経験がないのに「半ゲーム脳」》と書いてしまう。しかし、この直前の男子大学生に関する記述と照合すれば、《2時間以上》では《ゲーム脳》になるが、《1日10時間》だと《半ゲーム脳》に過ぎない、という結果が導き出されてしまう。24時間なら《ノーマル脳》なのだろうか。しかし、浜田氏は、そのようなことに関してまったく考えていないようだ。さすが「大本営発表」、浜田氏はほとんど森氏の広告塔と化している。

 さらに浜田氏は《中には1日にテレビを1、2時間、ゲームも1時間、携帯メール1時間という電子メディア大好きの女子高生もいたのだが、以外にも「ノーマル脳」。ゲーム脳や半ゲーム脳だった子との違いは、メール以外にも友達と直接しゃべる時間が長いという点だった》という記述も持ってくる。「ゲーム脳」に関して、浜田氏は混乱しなかったのだろうか。ここまで結果に違いが見られると、むしろ浜田氏がよって立つ「ゲーム脳」理論は崩壊してしまうと考えるのが自然ではないか。浜田氏は《逆にメールやゲームをやっていても、それ以上に他人と直接会話をしていれば、その間前頭前野も働くから、影響が小さい》という森氏の言葉を引くけれども、私はそのように自信満々に語る森氏に対して気色の悪さを覚える。

 もう一つ、浜田氏は平成14年10月7日号の記事、すなわち「携帯メールが脳を壊す」の17ページ3段目において、《記憶力のテストもした。6桁の数字を1秒表示して、何人が覚えているか。100人中ほとんどの生徒が覚えられなかった》というけれども、《100人》なんてどこから出てきた数字なのだろうか。それを示す記述がまったく見当たらないのが不思議である。

 これほどまでに矛盾と誤認の多い「ゲーム脳」理論なのに、浜田氏はそれをまったく疑おうとしない。それが理由なのだろうか、浜田氏の記述には、かなりの論理的な混乱が見られる。結局のところ、このような駄文が生まれてしまう最大の背景には、浜田氏が青少年問題の「原因」を「脳」に過剰に求めている、ということが挙げられよう。しかし、「今時の若者」の「問題行動」を大々的に採り上げ、それらを「脳」の問題として処理してしまうことは、本当に脳に障害の持った人に対する差別につながらないか。

 この点においては、「TVが子供の脳を壊す」に寄せた、宮崎哲弥氏の批判的コメントが最も浜田氏の2本の記事の問題点を言い当てている。

 あのね、テレビ有害論っていうのは、私がガキの頃からあったの。いま猖獗を極めている「学力低下」不安に乗じて、ちょっとばかし有名になりたい、小金を稼ぎたい学者どもが、大昔のテレビ有害論をヴァージョンアップして持ち出しているんやろ。

 テレビを長時間視聴すると言語能力が発達しない?私は母子家庭で一人っ子だったため、物心がつく頃からテレビ漬けの幼少期を過ごした。で、いま言葉で商売しておりますが何か?

 「AERA」ってのは不安煽り産業なのかね?(宮崎哲弥[2002])

 我が国においては、もはや「脳」は人体の器官ではなくイデオロギーである。「脳」が人間性を規定し、人間の社会性を規定し、そして社会を規定する。「脳」の「健康」を脅かすもの、例えばゲームや携帯電話などは「敵」として排除され、その影響を受けた者は「ゲーム脳」などの大義名分において「廃人」扱いされる。そのような状況に、まったく異議を挟まないマスコミが百鬼夜行し、「善良な」人たちの排外的共同体の下で大々的なゲーム狩り、携帯電話狩りが行なわれる(現実にはゲーム、携帯電話そのものではなく、むしろその影響を受けた者が狩られる)。こうして、人々が「正しい」脳という幻想に駆り立てられる一方で(ダイエット幻想と同じであろう)、差別思想もまたはびこる。このような状況が収まるのを座して待つか、それとも科学と市民の良心で各個撃破していくか。

 参考文献・資料
 浜田敬子[2002a]
 浜田敬子「TVが子供の脳を壊す」=「AERA」2002年7月15日号、朝日新聞社
 浜田敬子[2002b]
 浜田敬子「携帯メールが脳を壊す」=「AERA」2002年10月7日号、朝日新聞社
 宮崎哲弥[2002]
 宮崎哲弥「網だな倶楽部 宮崎哲弥の週刊誌時評」第29回「そんなウブなガキがいるかぁ」=「論座」2002年9月号、朝日新聞社
 森昭雄[2005]
 森昭雄「“ゲーム脳”に冒される現代人」=「潮」2005年4月号、潮出版社

 笠原嘉『アパシー・シンドローム』岩波現代文庫、2002年12月
 斎藤環『心理学化する社会』PHP研究所、2003年10月
 ロルフ・デーゲン、赤根洋子:訳『フロイト先生のウソ』2003年1月、文春文庫
 広田照幸『日本人のしつけは衰退したか』講談社現代新書、1999年4月
 パオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』イースト・プレス、2004年5月

 大和久将志「欲望する脳 心を造りだす」=「AERA」2003年1月13日号、朝日新聞社
 佐藤修史「バカへの恐怖 脳磨きに励む」=「AERA」2004年9月27日号、朝日新聞社
 瀬川茂子、野村昌二、宮嶋美紀「B型をいじめるな」=「AERA」2005年1月24日号、朝日新聞社
 田岡俊次「痩せ願望は現代の纏足だ」=「AERA」2002年9月9日号、朝日新聞社
 鷲田清一「「正しい声」「正しい体」の危うさ」=「中央公論」2002年11月号、中央公論新社

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