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2005年5月31日 (火)

トラックバック雑記文・05年05月31日

 ブログ移転後の最初の記事がこれですみません。ブログを移転してから、私は建築設計の授業の模型や図面製作、及びそれ以外の授業の提出物の執筆に追われていて、こちらのほうにかける時間があまりなかったのです。そういうわけで、まずはこの記事から。

 *☆.Rina Diary.☆*追われて(佐藤利奈氏:声優)
 私も大量の締め切りに追われていて、次々とやらなければならない課題をこなしていったので、佐藤氏の気持ちは分からぬでもない、むしろ大いに理解できます。

 ところで、課題というと、自分で課題と期日を設定して自分でやる、という課題を設けて、そうするとやる気が出る、という人も多いと思われますが、私もその一人です。このブログにおいて文章を執筆するにあたって、何らかの文章に対して期日を決め、その日までに完成させる、ということをよくやるのですが、自分で決めたわけだからとにかくやらなければならない、という場合と(「俗流若者論ケースファイル」が多い)、自分で決めたにもかかわらず執筆を先延ばしにしてしまっているもの、あるいは長い間放置しているもの(「ケースファイル」以外が多い)という場合と、どうも両極端になってしまっているのが目立ちます。自分で決めたことなのだし、もう少しやる気を出さないと、このままでは「ケースファイル」ばかり先走って(来月中には確実に第30回を迎えるでしょうね)、他のコンテンツがおろそかになってしまうのではないか…。事実、前回の雑記文から今回の雑記文の間に書いた12本の文章の中で、11本が「ケースファイル」だったりするわけですから(第15~25回)、当初このブログの見所として掲げていた正高信男批判も頑張らないと…。

 弁護士山口貴士大いに語る:「暴力」ゲームソフト、神奈川県が全国初の販売規制へ(山口貴士氏:弁護士)
 走れ小心者 in Disguise!: ある『子供に見せたい番組』をめぐって(克森淳氏)

 「子供に見せたい番組」第1位は当然「プロジェクトX」、「見せたくない番組」は「ロンドンハーツ」「クレヨンしんちゃん」…。なんか、このようなアンケート自体が壮大な茶番劇に見えてきたなあ…。

 「子供に見せたい/見せたくない」番組というものを規定することに、何の意味があるのでしょうか。「見せたい」のは子供に「いい影響」を与えるもので、「見せたくない」ものは子供に「悪い影響」を与えるものだ、ということなのでしょうが、そこで与えられた「いい/悪い影響」が子供の人格や人間性を直接規定するわけでもないのだし、そもそもこのような議論を振りかざす人たちは現代の青少年を「政治利用」している、ということに無自覚なのでしょうか。それとも、自覚した上でやっているのか。

 彼らにとって、青少年は自分のイデオロギーの主張、そして「自己実現」(笑)の道具でしかありません。当然の如く、彼らはなんらか(といっても、ほとんどが漫画とアニメとゲームとインターネットに収束されますがね)の規制を求めているわけですが、彼らはマスコミで面白半分に報じられる「今時の若者」については至極敏感だけれども、現代の若年層を取り巻く現実に関しては果てしなく無関心です。無関心であるからこそ、漫画・アニメ・ゲーム・インターネット・携帯電話といった、自分が「理解できない」ものを容易に標的にしてしまえるのでしょう。しかも、ただ敵愾心を煽れば人を連れることができる、と高をくくっている様子で(しかも、本当についてくるから驚きですが)、それが彼らの生命を繋いでいると思うと、恐ろしい気持ちになります。

 ただ「わかりやすい」図式を大々的に掲げた者だけが生き残り、たとえ地味でも真面目に研究を積み重ねる人は、それがいくら優れたものであっても世間の喧騒においていかれる。真面目な人ばかり馬鹿を見る、というのは、まさに若年層に関する言論をめぐる状況そのものです。

 目に映る21世紀:変わる若者のシゴトと生活:5【記事】各界の知恵集めニート対策 国民会議が初開催

 著者は《すみません、この会に意見を届けるにはどうすればいいのでしょうか? ここへ参加している人々自身にも言いたいことがたくさんあるのですが・・・。オブザーバー参加ってできないのかな(笑)》と愚痴っているわけですが、現在の青少年の就労に関する問題で、いまだに精神主義的な物言いがまかり通っているのが気がかりです。この状況を見るだけで、我が国は大東亜戦争時代の精神主義をいまだに脱却できていないのか、と心配してしまいます。

 犯罪を起こす、あるいは定職につかない青少年の「心」を問題化する言説は、いくつもの問題を抱えております。まず、「心」の問題として「発見」することによって、「異常な心」を生み出した「原因」に対する弾圧が正当化されること。次に、精神主義・道徳主義的な言説に埋没することによって、社会構造の問題が置き去りにされてしまうこと。さらに、青少年全般に対して「心」の劣った存在という規定をすることによるレイシズム(人種差別)。最後に、「心」を勝手に規定することによって、青少年問題に対する本当の心理的側面に触れることができないこと。

 「心の教育」などと多くの人は叫んでおりますけれども、それが何をさしているのかはわかりませんし、そもそも、そのようなことを振りかざす人たちが「心」をどのように考えているか、ということは問い詰められて然るべきでしょう。たいていの場合、自分を正当化するだけの議論に過ぎないのではないか。

 「心の教育」といえば…。

 kitanoのアレ:反性教育の動向(3):報道2001:「つくる会」八木秀次氏が立ち往生(1)

 平成17年5月1日付フジテレビ系列「報道2001」における、反性教育の旗手、高崎経済大学助教授の八木秀次氏の必死ぶりがうかがえます。八木氏など、反性教育の立場に立つ人たちは、ジェンダーフリーについて「男らしさ」「女らしさ」を否定し、さらにこれが日本の文化を否定し、ひいては韓国や中国や北朝鮮を利する(そんな妄想を語るな、と思われる方もおられるかもしれませんが、「正論」なんか読んでいるとこのような妄想に出くわすのはざらです)などと(妄想を)語っているわけですが、八木氏や、八木氏を支援しているフジテレビのキャスター(得に黒岩祐治キャスター)が、ジェンダーフリー推進派の人たちに自らの議論の矛盾を指摘されると、何も答えられずにほとんど立ち往生状態、というのが笑えます。

 ジェンダーフリーはマルクスの陰謀だとか、日本を滅ぼすだとか大言壮語を振りかざしながらも、結局のところ中身を伴った議論をしていないとこうなるのかもしれません。私がこのレポートを読んで、ジェンダーフリー推進派の人たちにも脇の甘い部分がある、と思いましたが、それでも八木氏や山谷えり子氏(参議院議員、自民党)の脇の甘さに比べたら相当マシです。

 少なくとも、反論されたとき、一歩引いて自分の考えを相対化して考え直す、ということの大切さを、八木氏を他山の石として学びたいと思います。

 保坂展人のどこどこ日記:靖国神社参拝中止で小泉総理退陣へ(保坂展人氏:元衆議院議員・社民党)
 カマヤンの虚業日記:[雑記][政治][呪的闘争]首相の靖国参拝なんか支持しないよ。

 保坂氏は、小泉純一郎首相の公約の中で達成しえたのは「靖国神社参拝」だけだ、と指摘しております。

 この指摘は重要です。保坂氏も述べている通り、特殊法人改革も国債発行30兆円枠も現在まで達成されないまま、このままいけば小泉首相の公約で達成したものは靖国神社の参拝だけ、ということになります。郵政民営化も、このままでは怪しい(そもそもそれが必要かどうかもわからない)。もしかしたら、靖国神社は、小泉首相の政権の正当性をつないでいる唯一のものになっているのではないか、と思います。

 首相の靖国神社参拝には、当初から利権が絡んでいますから、結局のところ小泉首相もまた極めて「自民党的」な首相だった、といわざるを得ないのかもしれません。

 それにしても、最近の中国や北朝鮮に対する強硬派的な発言が俗流若者論と重なって見えるのは気のせいだろうか…。

 千人印の歩行器:[歩行編]一万歩の日常(栗山光司氏)

 街中や大学のキャンパスを歩いていると、さまざまな発見があります。例えば、私の通っている東北大学青葉山キャンパスは、現在メインストリートが爽やかな緑の木々に包まれていて、晴れの日に歩くと気持ちよくなります。これ以外にも、道端を歩いていると、自転車や原付に乗っているときは感じられなかった楽しみや喜びを見つけることができます。特に青葉通や定禅寺通といった、落葉樹の並木道を通っていると、その通りの木々の移り変わりで季節を感じることが一つの楽しみになっています。

 私は、時々都市計画について思索することがあるのですが、都市計画に関する思索の原点になっているのが、定禅寺通のような、自分が好きな場所です。新しい場所を歩く際は、この場所は自分が好きな場所に比べてどのような長所があり、またどのような短所があるのか、ということに関して考えながら歩いてみると、結構面白いかもしれません。

 前回の雑記文から、たくさんの文章を公開しました。こちらも読んでいただけると幸いです(ただし、ここにリンクを貼ってある記事が、全てブログ移転前に書いたもの。リンクは新ブログに貼ってありますが)。

 「俗流若者論ケースファイル15・読売新聞社説」(4月24日)
 「俗流若者論ケースファイル16・浜田敬子&森昭雄」(同上)
 「俗流若者論ケースファイル17・藤原智美」(4月28日)
 「俗流若者論ケースファイル18・陰山英男」(4月28日)
 「俗流若者論ケースファイル19・荷宮和子」(4月29日)
 「俗流若者論ケースファイル20・小原信」(4月30日)
 「俗流若者論ケースファイル21・樽谷賢二」(5月5日)
 「俗流若者論ケースファイル22・粟野仁雄」(5月7日)
 「俗流若者論ケースファイル23・西村幸祐」(5月9日)
 「俗流若者論ケースファイル24・小林節」(同上)
 「俗流若者論ケースファイル25・八木秀次」(5月15日)
 「反スピリチュアリズム ~江原啓之『子どもが危ない!』の虚妄を衝く~」(5月17日)

 最近、図書館に行く機会が多いのですが、そのたびに新聞や雑誌の俗流若者論を見つけてはコピーして私のコレクションにします。そのため、私の書庫には大量に検証待ちの文章があります。とりあえず今後確実に取り上げる予定のものは次のとおり。

 ・三砂ちづる「「負け犬」に警告!あなたはもう「オニババ」かもしれない」=「新潮45」2004年12月号、新潮社
 ・平成17年2月17日付毎日新聞社説
 ・石堂淑朗「褌を締めなおそう!」=「正論」2005年3月号、産経新聞社
 ・石堂淑朗「豆炭心中」=「正論」2005年4月号、産経新聞社
 ・吉田司「女と平和と経済の時代は終わった」=「AERA」2004年8月30日号
 ・「論座」編集部「自民党議員はこんなことを言っている!」=「論座」2005年6月号(憲法改正に関する自民党議員の問題発言を抜き出して構成したものですが、ここで紹介されている問題発言にやたらと俗流若者論が目立つので)
 ・樋口裕一「「困ったチャン」に対抗するための言葉の力」=「文藝春秋」2005年3月増刊号
 ・斎藤滋「人間らしさを育てる」=2003年10月31日付東京新聞
 ・宮内健「妻の携帯、子どものTV・ゲーム」=「プレジデント」2004年8月30日号、プレジデント社

 あと、第1回以来1ヶ月以上やっていなかった「この「反若者論」がすごい!」の第2回も近いうちにやります。採り上げるのは、平成17年4月23日付河北新報の社説です。

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コメント

「脳科学」化する社会
http://t-job.vis.ne.jp/base/gamebrain2.html

の一読をお勧めします。
後藤様の個別に書かれている状況をうまくまとめられてる。

投稿: anomy | 2005年6月 4日 (土) 00時48分

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