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2005年7月30日 (土)

統計学の常識、やってTRY!第4回&俗流若者論ケースファイル42・弘兼憲史

 ブログ開設当初からあった企画「統計学の常識やってTRY」が5ヶ月以上も休んでしまっていたのは、ひとえに採り上げるようなネタがなかったからに過ぎない。本来ならそれが望ましいのであるが、平成17年7月28日付の読売新聞に掲載された、読売新聞社による「勤労観」に関する全国調査は、新聞社がここまで若年層たたきを目的とする調査をやっていいのか、と思い、さらにそこでは漫画家の弘兼憲史氏と慶応義塾大学教授の樋口美雄氏のコメントが引かれていたのだが、弘兼氏のコメントがまさに俗流若者論だったので、「統計学の常識やってTRY」と「俗流若者論ケースファイル」を合併して検証する次第である。

 まず読売新聞の調査から入ろう。この調査は有効回収数が1825人で、実施方法が個別訪問面接聴取法である。回答者の内訳が、男女別で言うと男48%、女52%。世代別では20歳代11%、30歳代16%、40歳代15%、50歳代22%、60歳代22%、70歳以上が14%。サンプリングの面ではまずクリアしているといってもいいだろう。問題は設問だ。下の設問を見て欲しい。(カッコ内は回答率、単位は%)

 第2問:あなたは、こうした「ニート」と呼ばれる若者が増えている原因は何だと思いますか。次の中から、あれば、いくつでもあげて下さい。

 ・雇用情勢が厳しいから(41.5)
 ・親が甘やかしているから(54.5)
 ・学校などで働くことの大切さを教えていないから(26.0)
 ・義務感や責任感のない若者が増えているから(50.4)
 ・社会とのつながりを広げようとしない若者が増えているから(28.8)
 ・人間関係をうまく築けない若者が増えているから(49.8)
 ・仕事をえり好みする若者が増えているから(29.9)
 ・その他(2.1)
 ・とくにない(1.0)
 ・答えない(0.9)

 第3問:決まった職業に就かず、多少収入は不安定でも、好きなときだけアルバイトなどをして生活する「フリーター」と呼ばれている若者も増えています。あなたは、こうしたフリーターやニートと呼ばれる若者が今後さらに増えていくと、日本の社会にどんな影響があると思いますか。次の中から、あれば、いくつでもあげて下さい。

 ・税収が減り、国や自治体の財政が悪化する(57.8)
 ・将来、生活保護を受ける人が増え、国や自治体の財政が悪化する(39.0)
 ・年金や医療などの保険料収入が減り、社会保障制度が揺らぐ(57.2)
 ・収入が不安定で結婚できない人が増え、少子化が進む(37.5)
 ・収入が不安定な人が増え、金欲しさの犯罪が起こりやすくなる(45.4)
 ・社会全体の勤労観や価値観がゆがむ(37.4)
 ・その他(0.3)
 ・とくにない(2.1)
 ・答えない(0.8)

 この調査の底流に強く流れているのは、明らかにフリーターや若年無業者の問題をリスクとしてしか見なさない考え、特に若年無業者に関しては「今時の若者」の問題としてしか考えてないことである。まず第2問、若年無業者に関する質問であるが、「その他」「とくにない」を除く選択肢7つのうち5つも「……若者が増えているから」という選択肢なのだ。これに「親が甘やかしているから」という選択肢も加えれば、まさに選択肢7つのうち6つが「今時の若者」の精神の問題としての若年無業者問題を選択させていることになる。このような俗流若者論御用達の論理を平然として選択肢に陳列させる読売の調査の設計者は、本気で若年無業者問題に取り組んでいこう、という態度があるのだろうか。所詮は他人事としてしか考えていない設計者、そして回答者の顔が浮かんでくる。だが、実際には若年無業者の問題が社会階層とは無関係でないことが東京大学助教授の玄田有史氏や「労働政策研究・研修機構」副統括研究員の小杉礼子氏によって実証されている。フリーターに関しても、東京大学助教授の本田由紀氏が、《学校経由の就職》(本田由紀[2005])の衰退が大きな原因になっている、ということを述べている。フリーターや若年無業者の問題は、社会構造の問題ともまた切り離せない問題であるのに、読売の調査の設計者はその点をほとんど覆い隠している。

 第3問に関しては、なぜそのような問いかけをするのか、ということばかりである。もちろんこの設問で描かれていることは、フリーターや若年無業者という「今時の若者」が国を滅ぼす、というストーリイである。例えば《税収が減り、国や自治体の財政が悪化する》(2005年7月28日付読売新聞、以下、断りがないなら同様)のが問題というのであれば、なぜ公共事業のスリム化とか、人口減少社会に対応した財政運用の設計を考えないのだろうか。その点の議論については、千葉大学助教授の広井良典氏や(広井良典[2001])、政策研究大学院大学教授の松谷明彦氏(松谷明彦[2004])に譲ることとするが、少なくともフリーターや若年無業者の増加をリスクとしてしか見なさない思考からいい加減脱却するべきである。

 それにしても《収入が不安定で結婚できない人が増え、少子化が進む》よりも《収入が不安定な人が増え、金欲しさの犯罪が起こりやすくなる》が多く、《社会全体の勤労観や価値観がゆがむ》も前者に迫る、という調査結果に、私は愕然としてしまった。

 結局のところ、この調査はいかに社会がフリーターと若年無業者に関して貧困な意識しか持ち合わせていない、ということを如実に表している。しかもこの調査が、意図的にフリーターや若年無業者を問題として捉えさせるように設計されている――いや、実際に問題なのだが、しかし問題は読売の記者が想定することの彼岸にある。この調査は、むしろ読売をはじめとするマスコミがいかに若年就業の問題に関して貧困なイメージばかり垂れ流し続けてきたか、ということを示す反省材料にすべきであろう。

 しかし、この記事の問題点はここでは終わらない。ここからはこの記事における、漫画家の弘兼憲史氏の発言の検証だ。最初に言っておくけれども、ここで発言しているもう一人の専門家、慶応義塾大学教授の樋口美雄氏の発言はそれなりに分析的で、安易なバッシングに走ろうとしないことは評価できる。だが、弘兼氏の発言は、あからさまに若年層を堕落した存在としてしか捉えていない、レヴェルの低いものだ。さすが「団塊のスター」とでも言うべきか(暴言で失礼!)。

 弘兼氏は、若年無業者の増加について、《日本が裕福になり、親が養ってくれるからだろう。恵まれた時代に育ち、自立するという自覚が若者にはないからだ。日本の今後を考えると極めて不安だ。子供に良い目を見させると、ろくなことはない》と語っている。あなたも経済に関する漫画を描いているのであれば、あるいは新聞に「専門家」として登場しているのであれば、少なくともテキスト化された俗流若者論以上のことは言うべきだろう。そもそも「自立」を至高として掲げるイデオロギーも、最近の低成長によって旗色が悪くなっているのだが、その点も弘兼氏は理解していないのか。例を挙げてみると、玄田有史氏によると、子供が親に「寄生」するという所謂「パラサイト・シングル」は、決して若年層が親からの既得権に甘えているのではなく、むしろ既得権を与えられた親に子供が依存している、という構造があるという(玄田有史[2001])。まったく、弘兼氏がこのような発言しかし得ないのは、弘兼氏が《裕福になり》、マスコミが《養ってくれるからだろう。恵まれた》メディア環境に《育ち》、テキスト化された俗流若者論異常の発言をするという《自覚が》弘兼氏には《ないからだ》。まったく、弘兼氏の《今後を考えると極めて不安だ》。

 しかし弘兼氏はこれでは終わらない。社会保障に関しても弘兼氏、《若者は世代間扶養の意識もなく、そもそも年金の仕組みなども知らないのではないか》などと知った顔で語っているのだから救いようがない。もう一度言うけれども、安易にテキスト化された俗流若者論に依拠して若年層をバッシングする弘兼氏に、コメンテーターとしての存在価値はもはやないだろう。少なくとも、ここまで断定できるのであれば、何かテキスト化された俗流若者論以上のことを語るべきである。

 しかし弘兼氏はまだまだ終わらない。弘兼氏は労働意欲の変容について《勤労観は高度成長期に比べ明らかに変わっている。歴史が示すように、国力が上向きのときはみんな一生懸命に働くが、いったん豊かになると勤勉でなくなる。上り坂の日本ではないからしようがない面もあるが、若い人たちはこのまま行くと、今の豊かさが失われるという危機感をもっと持つべきだ》とも語っている。弘兼氏のこの発言を読んでいる若年層がどれほどいるのだろうか。よほど熱心な若年層(=その人は就業に対するモチベーションが高く、この手の情報にはなんだって飛びつく)か、あるいは私のようなひねくれ者(=マスコミ御用達の自称「専門家」の発言を楽しむことに対するモチベーションが高く、この手の情報にはなんだって飛びつく)くらいではあるまいか。社会格差の反映に苦しんでいる若年層が、このような弘兼氏の無責任なコメントを読んでも、あまり効果は上がらないだろう。

 弘兼氏の如き高度経済成長礼賛の言説を読むたびに、私は以下のことを思い出す。東北地方に住んでいる人であれば、平成15年5月と7月に、宮城県を中心に大きな地震が起こったのはご存知であろう。そのとき、東北新幹線の一関~新花巻の間のコンクリート高架橋のコンクリートが剥離する、ということが起きた。また、これ以前にも、山陽新幹線のコンクリート高架橋が建造して10年もたたないうちに著しい劣化を示していた、という報告もある。東京大学名誉教授の小林一輔氏によると、これらの高架橋は高度経済成長期に建造されたものであり、その時期に打設されたコンクリートは容易に中性化したり、コンクリートの劣化を促す塩化物イオンが含まれている海砂を洗わないまま骨材として使っていたり、手抜き工事をしていたりと、杜撰なものばかりである(小林一輔[1999])。ついでに言うと、高度経済成長期において、少年による凶悪犯罪は現在の数倍起こっていた。ここで礼賛されている「勤勉さ」など、所詮は札束によって暗黒面が覆い隠された幻想に過ぎないのである(ちなみに、弘兼氏などが理想とする高度経済成長期にも現在のような問題が起こっていたことが、パオロ・マッツァリーノ[2004]で指摘されている)。

 もちろん現在の低成長の時代は、社会の抱える問題を経済成長で覆い隠すことができなくなり、社会環境も激変した故に、社会問題が現在において噴出しているように見えるようになった。弘兼氏は、そのような問題の根本的な原因を突き止めようとせずに、高度経済成長期の如き経済成長でまた問題を覆い隠せ、というものではないのか?そこまでは行かなくとも、いずれにせよ、弘兼氏の議論が高度経済成長期を理想とする考え方であることは間違いないようだ。

 しかし、高度経済成長期の如く、人々を経済成長という「目標」に向かって猪突猛進させることが現在において可能であろうか。我が国は長期停滞の期間を経ることによって、労働意識が成熟してきた、という見方もある。若年無業者の就業問題に深く関わってきた、「ニュースタート事務局」代表の二神能基氏は、現代の若年層の就業意識が「効率優先」から仕事そのものの中に喜びを見出したい、という考えに変わりつつある、ということを論じている(二神能基[2005])。このような意識の変容に、特に中高年を中心に避難が上がることは多いが、しかし、人口減少が間近に迫っている我が国において、経済成長を第一としない、人々の幸福を第一とする意識、あるいは多様な趣味の共存を認める意識が深まっていくのは、ある意味では良い影響も大きいと思う。もちろん効率優先で思いっきり儲ける人もいてもよく、その点においては収入の二極化が進行するのだが、しかしこの形での二極化を一概に否定することもできないかもしれない。エコノミストの森永卓郎氏が最近になってオタクを擁護しているのも、これと関わりがある(ただ、森永氏は少々叫びすぎだと思うが)。

 話を弘兼氏に戻すけれども、結局のところ弘兼氏の一連のコメントは、自分の生きてきた時代を理想として、若年層を精神的に劣ったものとして罵倒するというものに他ならず、社会的に責任のあるコメンテーターの発言としては無責任極まりないものであると断定できるだろう。弘兼氏の想像力は自らの自意識と図式化された「今時の若者」を超えることができず、それゆえに安易なバッシングに走っている。コメンテーターに求められるのは想像力とヴィジョンであると、改めて実感した次第である。

 ついでに弘兼氏と読売新聞に関して言うと、弘兼氏には立派な「前科」がある。今年5月から6月のある時期にかけて我が国を騒がせた「ガードレールの謎の金属片」騒動に関して、弘兼氏は、平成17年6月3日付の読売新聞において、《非常に卑劣で陰湿な事件だ。インターネットの掲示板などで呼びかけている愉快犯がいるのかもしれない。集団自殺のように見知らぬ者同士がある一つの目的のために同じ行動をとる妙な社会になってしまった》(2005年6月3日付読売新聞)などと放言している。しかし、その後に国土交通省の実験によって判明したことだが、これらの金属片は、自動車がガードレールにこすれたときに発生するものだとわかった。このことについて、弘兼氏はいかに思っているのだろうか。弘兼氏には、少なくとも1年はコメンテーターとしてマスコミに顔を出さないことを要求する。

 総括すると、読売のこの調査、そしてこの記事は、明らかに若年無業者やフリーターを問題視して、彼らをリスクとしてしか見なさないという発想に基づいている。社会構造の問題や、人口減少時代にふさわしい就業のヴィジョンを欠いて、ただ徒に彼らをバッシングするだけの記事にいかなる意味合いを持つことができるか。少なくとも短期的な若年層バッシングには役に立つかもしれないが、長期的にはむしろ害悪になる。ろくに歴史も調べもせず、問題に関して真剣にあたろうともせず、ただ「今時の若者」の問題としてしか取り組まないようでは、この記事に何らかの存在意義を求めるほうが難しいだろう。

 また、若年層に関するものに限らず、意識調査の類がなぜマスコミの検証材料にならないのだろうか。すなわち、ここで論じられている問題について、マスコミがいかに報じ、そしてそれが調査にどのように現れているか、ということである。この調査は、明らかに多くのマスコミが喧伝するフリーターや若年無業者に対するステレオタイプに基づかれて設計されているものであり、従ってマスコミの検証材料として読むにはある程度、この記事で触れられていないことを読み取る努力する必要がある。このような調査が新聞に掲載されること事態、新聞が自らの正当性を喧伝する目的で行なわれているのではないか、と疑わざるを得ない。

 いや、案外そうなのかもしれない。とすると、この記事が発表されることで最も喜んでいる人は、ひょっとしたら調査した人自身ではないか…。

 参考文献・資料
 玄田有史[2001]
 玄田有史『仕事のなかの曖昧な不安』中央公論新社、2001年10月
 小林一輔[1999]
 小林一輔『コンクリートが危ない』岩波新書、1999年5月
 広井良典[2001]
 広井良典『定常化社会』岩波新書、2001年6月
 二神能基[2005]
 二神能基『希望のニート』東洋経済新報社、2005年6月
 本田由紀[2005]
 本田由紀『若者と仕事』東京大学出版会、2005年4月
 パオロ・マッツァリーノ[2004]
 パオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』イースト・プレス、2004年5月
 松谷明彦[2004]
 松谷明彦『「人口減少経済」の新しい公式』日本経済新聞社、2004年5月

 五十嵐敬喜、小川明雄『「都市再生」を問う』岩波新書、2003年4月
 マックス・ヴェーバー、大塚久雄:訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫、1989年1月
 谷岡一郎『「社会調査」のウソ』文春新書、2000年5月
 ロナルド・ドーア、石塚雅彦:訳『働くということ』中公新書、2005年4月
 広田照幸『教育言説の歴史社会学』名古屋大学出版会、2001年1月

 太田匡彦「こんな親の子就職はムリ!」=「AERA」2004年2月9日号、朝日新聞社
 島耕作「団塊世代のトップランナー、大いに語る」(取材協力:弘兼憲史)=「現代」2005年4月号、講談社
 諸永裕司「一生ずっとフリーター可能なのか」=「AERA」2003年7月14日号、朝日新聞社

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コメント

弘兼憲史。この人はひどい。
先日、某新聞のインタビュー記事で、国際貢献のためには若者が血を流すのも仕方ない、というような意味の発言をしていましたが・・・。
「それなら、最初にテメーの血を流せ!」と私(46歳のオジサン)は思いましたね(笑)。

投稿: 喜八 | 2005年7月30日 (土) 09時37分

玄田有史氏と小杉礼子氏は、NHK出版・生活人新書にて、『子どもがニートになったなら』を出版したばかりですが、すでにこちらで指摘されているように、大人のほうの意識こそ変えるべきだとの論調でした。

http://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=0130&webCode=00881522005

弘兼憲史氏につきましては、『子供なんかに金を渡すな!』として、「これまで団塊の世代である自分たちはがんばって働いてきたのだから、老後は自分たちだけが楽しめばいい」という内容で、シニア・ポストで書いてましたわ…。

http://www.s-book.com/plsql/com2_detail?isbn=4091031455&jcode=09140

投稿: siebzehn138 | 2005年8月 1日 (月) 10時21分

はじめまして。
極めて価値の高い資料として読んでおります。
この弘兼憲史のように、漫画というメディアを権力側の思想(そしてそれは大概の場合国粋主義的)を強制するのに使う漫画家が最近増えたように思います。小林よしのり、ジョージ秋山、望月三起也、江川達也、弘兼憲史…まだいるでしょうか。これらの漫画家は、法律を恣意的かつ利益誘導目的で運用する「法匪」ならぬ、「漫匪」とでも呼ぶべき存在であると思います。

投稿: Lenazo | 2005年9月27日 (火) 22時04分

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: 職務経歴書の書き方 | 2012年3月20日 (火) 14時21分

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