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2005年7月29日 (金)

俗流若者論ケースファイル40・竹花豊

 平成15年6月、東京都の治安担当副知事に抜擢された竹花豊氏が、最近『子供たちを救おう』なる本を出したそうだ。私はこの本を読んでいないのだけれども、竹花氏が《現在の治安悪化の要因として、外国人の組織犯罪とともに、日本社会の病理的な側面の表れでもある少年犯罪への対策が必要だと申し上げました》(福井洋平[2004])と語っている通り、少年犯罪を重点的に考えていることは確かなようだ。

 その竹花氏のインタヴューが、平成17年5月3日付読売新聞に掲載されていた。このインタヴューが掲載されたのは、読売新聞が平成17年に入ってから現在まで連載している大型連載「教育ルネッサンス」のシリーズの一つである「学校の安全」の第5回(全体では第68回)に掲載されているのだが、竹花氏の青少年「対策」の一部が良く表れているような内容だったのでここで検証しておく。

 例えば竹花氏は、子供が犯罪に遭う可能性のあるものとして、携帯電話を採り上げている。曰く、《援助交際という名の売春も含めて、あらゆる情報に接することができる。大人と同じ圧倒的な情報量の中に、子供を無防備のまま放置していいのだろうか》(竹花豊[2005]、以下、断りがないなら同様)と。このような文句は規制派の常套句である、ということを我々はまず覚えておくべきだろう。そもそも子供が竹花氏などの心配する「有害」な情報に接する可能性はいかばかりであるか。少なくとも、携帯電話会社が設定しているリンクサイト(「iモード」なら「iMenu」)からたどっていく限りでは、そのような「有害」なサイトに辿り着くことはまずない。おそらく「有害」なサイトに辿り着く確率が最も高いのは迷惑メールであろうが、そのようなメールは常識的なリテラシーをつけておく程度で対策しうるものであるし、そのような情報もまた溢れかえっているから、子供が《無防備のまま放置》されている、という状況はまずない。

 その直後、これはこの記事を執筆した読売の記者の書いた文なのだが、竹花氏は《たかが子供の万引きと大目に見る風潮が、犯罪への抵抗感を弱め、もっと大きな犯罪を犯す下地になる》と考えているらしい。そのような事実が存在するかどうか、というのは怪しいのだが、ここではそのことについては触れないでおこう。だが、《たかが子供の万引きと大目に見る風潮》なるものが現在において本当に存在するかどうか、ということは検証してみる必要があるだろう。

 平成9年になって、我が国において少年による強盗が件数の面で急増した。件数の面で、と私が言ったのは、この件数の急増が、それまでは窃盗+傷害で捉えられていた事件が強盗として捉えられるようになったので急増した、というだけの話だからである。そしてこの中には、万引きが店員にばれて窃盗犯が店員を殴った、というものも含まれる(具体的に言うと、CDショップでCDを盗んだ19歳の少女がそれを見つかって店員を突き飛ばした、ということが強盗傷害としてカウントされている)。もう一つ万引きについて言わせてもらうと、これは昨今の検挙率の急落と関連しているのだが、これまでは警察が軽微な犯罪の被害届けを握りつぶしていたものを、最近になって素直に受理するようになって、犯罪の認知件数が急増した(検挙率が急落した)。その中には万引きも含まれる。要するに私が言いたいことは、ここ数年の間に高まっているのは、《たかが子供の万引きと大目に見る風潮》などではなく、むしろ子供の非行をリスクとして過大視する風潮である、ということである。その異常なまでの高まりが、かえって昨今になって《たかが子供の万引きと大目に見る風潮》が強まったと錯覚させる、という構造となっている。

 そして、案の定出てきたのがこのような論理。《ゲームのような仮想空間を離れ、生命の大切さを知ってもらうためにも、林間学校のような中途半端なものでなく、みっちりと自然の中で生活させたい》と語っているのだけれども、このような言い草に中国の文化大革命における下放政策やポル・ポトの独裁を想起してしまう私はやはり異常なのだろうか。しかも林間学校が《中途半端》と語っているのだが、何をさせたいのだろうか。キャンプでも中途半端なのだろうから、山籠りか。狩猟生活か。富士の樹海で遭難するのか。そして《ゲームのような仮想空間》に対する敵視が案の定出てきた。

 まあ、このインタヴューで、竹花氏がいかなる気持ちで青少年問題に取り組んでいるか、ということの一面が理解できるだけでも検証する価値があったか。しかしながら、徒に少年犯罪ばかり危険視するのもどうかと思う。これは、少年犯罪、特に少年による凶悪犯罪が人口比でも昭和のある時期に比べて減少している、ということだけでなく、現在の政治状況において、青少年よりも青少年「対策」が支持率を集める、ということも関連している。青少年を「歪めた」原因を「特定」し(それは限りなく10割に近い確率で漫画とゲームとインターネットと携帯電話と「戦後教育」と「戦後家庭」と教育基本法のどれかである)、それに対する「対策」を打ち出すことで、ポピュリズム的な人気を得る構造の最先端が東京都の石原慎太郎知事と神奈川県の松沢成文知事であるが、少なくともそのような構造を解体しない限り、政治をよりましな状況にすることは困難であろう。先に検証したとおり、今や憲法論すら俗流若者論に犯されている事態である以上、我々は俗流若者論に対するリテラシーをもっと持たなければならないし、科学に関しても科学と疑似科学を見分けられるだけのリテラシーが必要となる。少なくともこれらは、俗流若者論がポピュリズムとなる時代に生きている我々に課せられた使命なのである。

 ついでに竹花氏はこうも語っている。曰く、《奈良市の女児誘拐殺人事件のように、子供が犯罪の対象になる現象が深刻化しているのも、自分より弱い者になら目的を果たせるという病理の現れ》と。マスコミと石原知事に真っ先に言うべき言葉だろう。

 参考文献・資料
 竹花豊[2005]
 竹花豊「地域のリーダー養成」=2005年5月3日付読売新聞
 福井洋平[2004]
 福井洋平「東京・犯罪増えた街はここ」=「AERA」2004年3月22日号、朝日新聞社

 森真一『日本はなぜ諍いの多い国になったのか』中公新書ラクレ、2005年7月

 河合幹雄、杉田敦、土井隆義「犯罪不安社会の実相」=「世界」2004年7月号、岩波書店
 浜井浩一「「治安悪化」と刑事政策の転換」=「世界」2005年3月号、岩波書店

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