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2005年8月11日 (木)

俗流若者論ケースファイル54・花村萬月&大和田伸也&鬼澤慶一

 平成13年、この時期は、少年犯罪のほか、電車内における若年層による暴力事件が話題になった時期でもある。著名人では評論家の坪内祐三氏も被害にあったようだ。今回検証する、「文藝春秋」平成13年7月号に掲載された「電車で殴り殺されないために」という鼎談で出席している鬼澤慶一氏(芸能レポーター)も同様の被害にあったらしい。私は、それらの事件の被害者には、強い同情を禁じえない。

 だが、それらの被害者が、公のメディアでそれらの事件を元に若年層に対する敵愾心を煽っていたら、やはり批判せざるを得ないだろう。この鼎談は、鬼澤氏のほか、青少年による暴行事件の被害者となった花村萬月氏(作家)と大和田伸也氏(俳優)も出席している。まず、この対談は、全体としては単なる「世間話」なので、取り立てて検証すべき箇所は少ない。

 まず、鬼澤氏の発言から。131ページから132ページにかけて。

 鬼澤 ……実際に暴走族の若者とあって話をしてる中で「君だったらどうしてた?」という質問をした。すると「そんなのかったるいや」って、こう言うんですよ。

 「なんでかったるいんだ?」と聞きましたらね、つまり、「駅を降りて、尾行して、途中に建築現場が二つあったからそこから鉄棒拾って、人気のないところで殴る。そんなかったるいことするかい」って言う。「じゃ、どうするんだ?」と聞いたら、「駅を降りたら刺すよ」と、そのひと言でしたね。いまの若い人たちは人の命を何だと思ってるのか。(花村萬月、大和田伸也、鬼澤慶一[2001]、以下、断りがないなら同様)

 とりあえず最後の一つ前の文章までは鬼澤氏の体験した事実なので批判すべきところはないが、ここで鬼澤氏に問いただしたいのは、なぜたった一つのことだけで《いまの若い人たちは人の命を何だと思ってるのか》などと飛躍してしまうのだろうか。少なくとも鬼澤氏が話していた暴走族(このような言い方もどうかと思うが。最近は「珍走団」なる言い方が定着しているようだけれども、私はこれには賛成する。とはいえ、ここでは便宜のため「暴走族」と表記することにする)が、現代の若年層の心理を代表していないことぐらいすぐにわかろう。ちなみに同様のことに関しては、これの数ヶ月前に朝日新聞に掲載された鬼澤氏とタレントの遙洋子氏との対談でも述べられていた(あいにくその記事は紛失した)。

 次は、大和田氏と花村氏のやり取り。133ページ。

 大和田 それにしても花村さんの話で怖いのは、携帯電話という新しい武器が登場してきたことですね。

 花村 子供たちの世界には、俺達の世代では思いもつかないような新しいネットワークができてるんですよね。あいつら、一人じゃないんですよ。形態があることによって全部繋がってるんです。

 大和田 確かに、いま会ってきた友達とでも、すぐに携帯で話してるものね。
 花村 俺、ほんとに怖かったんですよ。俺が彼らにケリ入れたのも、二人なら喧嘩しても何とかなるという発想があった。けど、一人は逃げて携帯でみんなに連絡してるんですよ。

 大和田 ああ、そうか。

 花村 いまの子供たちが居丈高なのは、背後にそういうネットワークがあるからということを、すごく実感しました。あ、こいつら単純にツッパッてるんじゃねえやと。俺らは一人だけど、あいつらはいざとなりゃ仲間呼べるんですよ。

 これも一つの事件の過剰な一般化であろう。花村氏も大和田氏もこのような場所で発言するのであれば、まず具体的な事例を調べてから行なうべきである。この程度の「世間話」であれば、とりあえず自分の経験が元になっているのでリアリティはあるが、だからといって公の言論として載せるほどの価値があるのだろうか。そもそも花村氏も大和田氏も、青少年を過度に敵視しているのが気になる。その点鬼澤氏は青少年に対する敵愾心というものが比較的低いように思えた。ついでに言うと《いまの子供たちが居丈高なのは》と言っているけれども、本当にそうなのか検証してみるべきである。

 しかし、この鼎談の最後における花村氏と大和田氏と鬼澤氏のやり取りは、完全に事実を無視した問題発言であった。137ページ、この鼎談の結びである。

 鬼澤 いまの若い人たちに、ある一定の時期、共同生活できるような場があるといいのかなあって感じはします。

 花村 俺も前から、軍隊が必要なんじゃないかと思ってます。戦争するためではなくて。

 鬼澤 そうそうそう。

 花村 若者のエネルギーを吸収するためにもね。軍隊という言い方が悪ければ、何らかのシステムが必要じゃないかと思う。

 鬼澤 共同生活をすると、そこに憎しみや軽蔑が生まれますが、逆にほんとに好きな同士でも会話も弾む。清濁、いろんなものが存在するわけですよ。その中を経験しながら抜け出してくると、ちょっと違うかなってかんじがします。いまの人たちはちやほやされてばかりで、そういう強制的な枠組みがありませんからね。

 大和田 ただ彼らが、そういうところに参加するかしら。

 花村 強制ですよ。

 大和田 強制?そんなバカな。

 花村 当然です。徴兵ですよ。

 大和田 で、その強制に従わなかったらどうなるんだろう。

 花村 刑務所にでも入ってもらえばいいんです。とにかく、俺たちがたとえば電車に乗ってムッとしたときに、若造に何か言えるのは、日本という国家では銃の所持が禁止されているからです。これがアメリカだったらどうか。これからは自分のみを守るためには、相手が銃を持っていると仮定しちゃったほうが早いんじゃないか。いまの日本は共通言語をもたぬ世代間の内戦状態なんですから。

 ここまで断言できるのも、やはり若年層に対する敵愾心なのか、それとも自分たちが社旗正義であると錯覚しているからか。いずれにせよ、なんとも安直、というほかないだろう。

 まず、この3氏は徴兵制を敷けば青少年の犯罪は減少する、と安易に考えているようだが、実際にはそうでもないようだ。韓国の例を引くと、韓国においては徴兵制がしかれているのは常識であるが、そのような軍事文化の影響により軍隊経験者の暴行事件が増えるなど、暴力的な指向を示す傾向があるようだ(尹載善[2004])。また、徴兵制は「ひきこもり」を解決する力は持ち合わせていないようであるし、同様に韓国では上流階級の親は子供を外国に住まわせることによって子供がその結果徴兵を逃れる、という事態も起こっている(斎藤環[2003])。現在の若年層が理解できないからといって、安易に徴兵制の導入を叫ばないで頂きたい。徴兵制によるリスクを検証せずに、また明確な信念もなしに、ただ若年層に対する敵愾心を煽る言説により、国家的な一大事である徴兵制が導入されたら、それこそ我が国は俗流若者論によって動かされる国となってしまう…と書いて、私はこの連載の第30回で検証した、自民党の憲法調査会における森岡正宏氏の発言を思い出してしまった。

 あまりにも個人が優先しすぎで、公というものがないがしろになってきている。……私は徴兵制というところまでは申し上げませんが、少なくとも国防の義務とか奉仕活動の義務というものは若い人たちに義務付けられるような国にしていかなければいけないのではないかと。(朝日新聞社[2005])

 少なくとも森岡氏の徴兵制、あるいはそれに近いものの導入論が、先に引いた花村氏や鬼澤氏の発言とほとんど同レヴェルであることは指摘するにたやすいであろう。更に、戦後の憲法が米国に押し付けられたもので、その欺瞞の上で戦後の我が国が存在してきたのだから青少年問題が深刻化するのも当然だ、という論調まである(伊藤貫[2003])。徴兵制にしろ戦後憲法体制の悪影響論にしろ、いまや「強い国家」が「今時の若者」の問題を「解決」する、という言説が一部で吹き上がっているのである。

 また、花村氏は《いまの日本は共通言語をもたぬ世代間の内戦状態なんですから》などと簡単に述べている。ならば、《世代間の内戦状態》を演出しているのは果たして誰か。花村氏や鬼澤氏は青少年だ、と答えるかもしれないが、私はむしろ青少年を過剰に敵視するマスコミや言論の動きも無視できないのではないかと思う。また、青少年をビジネスチャンスとしか認識せず、徒に消費を煽る言説ばかり煽ってきた人たちも同罪であろう。少なくともこの鼎談は、読んでみる限りでは単なる「世間話」の領域を超えておらず、散々若年層を敵視して終わり、という構成になっている。このレヴェルの話は、同業者の中の話し合いであれば大いにやってもいいが、だからといって一つの大きなメディアで若年層に対する過剰な危機感を煽る目的で行なわれていいのだろうか。

 ちなみに平成12年6月21日付の読売新聞では、駅構内における暴力事件に関して、平成11年度においては162件発生したが、その中で20代はもっとも少なくて25人、逆にもっとも多いのは50代で39人であった、という報告がなされている。ちなみに30代は29人、40代は33人であった。同様の内容の記事を、平成15年の朝日新聞で見た記憶があるが、記事を紛失している。それ以外にも、凶悪犯罪に関しては、青少年と「ひきこもり」の人とオタクによるものばかり報じられているが、実際に我が国においてもっとも殺人事件を起こしているのはむしろ50歳代である。青少年を徒に敵視する報道ばかりが溢れる背景には、もしかしたら自分の世代を免責したい、という中高年の感情が表れているのかもしれない。いささか穿ちすぎたか。

 参考文献・資料
 朝日新聞社[2005]
 「論座」編集部「自民党議員はこんなことを言っている!」=「論座」2005年6月号、朝日新聞社
 伊藤貫[2003]
 伊藤貫「「NO」とは言わないアメリカ」=「諸君!」2003年8月号、文藝春秋
 斎藤環[2003]
 斎藤環『ひきこもり文化論』紀伊國屋書店、2003年12月
 花村萬月、大和田伸也、鬼澤慶一[2001]
 花村萬月、大和田伸也、鬼澤慶一「電車で殴り殺されないために」=「文藝春秋」2001年7月、文藝春秋
 尹載善[2004]
 尹載善『韓国の軍隊』中公新書、2004年8月

 笠原嘉『アパシー・シンドローム』岩波現代文庫、2002年12月
 宮崎哲弥、藤井誠二『少年の「罪と罰」論』春秋社、2001年5月
 宮台真司、宮崎哲弥『M2 われらの時代に』朝日新聞社、2002年3月

 歌代幸子「キレるサラリーマン、急増中」=「THE21」2000年11月号、PHP研究所
 長谷川真理子、長谷川寿一「戦後日本の殺人動向」=「科学」2000年6月号、岩波書店

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