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2005年8月10日 (水)

俗流若者論ケースファイル51・ビートたけし

 ビートたけしこと北野武氏は、映画監督やコメディアンなどといった顔のほかに、一人の論客としての顔も持っているらしい。北野氏を論客として特に重用しているのは、新潮社の月刊誌「新潮45」だが、私が平成12年から15年の「新潮45」を検証している中で、特に平成12年中ごろから平成13年の終わりごろにかけて、北野氏はこれでもかと俗流若者論を連発していた。ただし、北野氏の俗流若者論の根底を支えるのは、要するに自分の世代(=自分)は正しくて、それより下の世代はみんな「異常」である、という安易な図式化である。今回検証するのは、一連の北野氏の俗流若者論の中でも最もひどかった、「新潮45」平成13年4月号に掲載された「バカ母世代」という文章である。

 北野氏は、冒頭(34~35ページ)において、この時期に立て続けに起こった、子供が被害者となる事件に関して述べている。この2ページにおいて北野氏が触れているのは、愛知県小牧氏で37歳の母親が2歳の娘を死なせて、クーラーボックスに入れて半年間ベランダに放置した事件であるが、北野氏はこの事件から更に北の死が伝聞した和解母親をめぐる事象に関して、《何を考えてるんだって。おいらにはとうてい理解できないよ。/これはほとんど犬を連れて歩くのと同じ感覚だと思うね》(ビートたけし[2001]、以下、断りがないなら同様)などと感想を述べるのだが、少なくとも一人の論客として文章を書く場を与えれているのであれば、まずその程度の感想で茶を濁すのではなく、もう少し事実を深く掘り下げるべきであろう。

 さて、私は先ほど「もう少し事実を深く掘り下げるべきであろう」と書いたが、これはこの部分のみならず北野氏の文章全体に関して言えることである。北野氏はこのような事態が生じてしまったこと(1億歩譲って北野氏の状況認識を受け入れることにする)の「犯人」探しをするのだけれども、どれも単なる表層的な罵倒にとどまっているのが痛いところだ。まず、北野氏は35ページから37ページにおいて所謂「真人類」が大人になって子供を育てていることを「犯人」とする。37ページ終わりごろから39ページ半ばまではテレビが「犯人」、39ページ後半から41ページ半ばごろまでは食べ物が「犯人」、そして41ページでは日教組も少し触れる。まったく、限りなくテキスト化された俗流若者論のオンパレードである。少なくともそれらの一方的な「決めつけ」が本当に正当なのか、ということに関しては議論の余地が大有りなのだが、所詮は「新潮45」なのだから諦めるしかないのだろうか。

 諦めている暇はないので検証に移ろう。まず35ページから37ページの暴力的な世代論に関する検証だが、これは結局のところ自分の世代は正しくてそれ以降の世代は全部間違い、という俗流若者論にありがちな妄想を振りまいているだけなので、検証するに値しない。そこまで自分を理想化できる神経こそ、私は北野氏の論客としての技量を疑いたくなる部分である。北野氏は38ページにおいて《要するに、今の母親ってのは、みんな自分のことしか考えていない。欲望前回で自分勝手なだけなんだ》と述べているけれども、これは北野氏にそのままお返しする。

 次に37ページから39ページまでのテレビ有害論である。これも検証するに値しない単なる「私語り」である。

 39ページから41ページの食事有害論に関しては、ここには極めて重大な事実誤認があるので指摘したい。とはいえこの部分以外はみんな「私語り」なので検証する気も失せるのだが。40ページ。

 ここまでヘンなことが続いて起こると、これはもう、日本人の脳がイカれてるんじゃないかと思うね。

 狂牛病だって、脳の病気だよ。あれと同じで、現代人は脳がおかしくなってるんじゃないか。

 原因はやっぱり食い物だよ。

 昔と今と何が一番違ってしまったといったら、やっぱり食生活だもの。

 インスタントラーメンとかポテトチップスみたいなスナック食品を、これほど食っている時代は今までない。

 インスタント食品を食べ過ぎると、アドレナリンの分泌が異常になるって言ってる学者もいる。

 そう考えると、キレる子供が増えるものわかる気がする。

 事実誤認が多すぎる文章である。例えば、我が国においてインスタント食品が普及する前の時代のほうが少年による凶悪犯罪は多い。平成12年には所謂「17歳の犯罪」も含めて多数の少年による凶悪犯罪が報じられて、ほとんど狂騒状態といってもいい状況であったが、岩波書店の「科学」平成12年6月号において、早稲田大学教授の長谷川真理子氏と東京大学教授の長谷川寿一氏が、戦後において一貫して少年による殺人が減少し続け、また諸外国に比べて我が国では母親による子殺しが極めて多いことなどを実証して話題に上ったことがある(長谷川真理子、長谷川寿一[2000])。北野氏の言うとおり、現代人の脳が異常になっているならば、まず少年による殺人の現象を説明することは出来まい。殺人をめぐる状況は、優れて文化的なものである。また、自分の気に入らない問題を、社会構造の問題などを通り越してそのまま「脳の問題」としてしまうのは、科学倫理の面からしても問題が大きいだろう。また、北野氏は安易に《キレる》なる言葉を使うけれども、少しはこのような言葉の出自のいかがわしさを疑っていただきたい。また、北野氏は《インスタント食品を食べ過ぎると、アドレナリンの分泌が異常になるって言ってる学者もいる》と書いているが、誰なのだろうか。もし『買ってはいけない』みたいな不安扇動本の著者なら、北野氏の科学リテラシーも疑わざるを得ない。

 北野氏は40ページにおいて《実際、おかしな奴が増えてる》として、例えば外務省の機密費使い込み事件や、森善朗首相(当時)、名古屋の《主婦を拳銃で撃ち殺して自分も自殺したオッサン》とか《児童虐待を疑われて児童相談所に子供を取られちゃった母親の記者会見》などを採り上げてその証左としている。そのような事例ばかり並べられたら確かに日本が異常になっている、と思いこみたくなるのは痛いほどわかるが、少なくともそのような自体がどこまで広がっているかということを少しは検証すべきであろう。

 そして最後はお決まりの「憂国」。もう読むのも嫌になる文章である。この程度の駄文を書き飛ばしている北野氏が、本当に論客としての力量を兼ね備えているのか、と言われれば否としか答えようがない。北野氏は結び(42ページ)において《やっぱり日本の明日は真っ暗闇だよ》と平然と言ってのけるが、少なくとも《日本の明日は真っ暗闇》だというイメージを事実誤認と偏見によって植えつけようとしているのは北野氏であって、北野氏の文章は、若年層に対する偏見にまみれた俗流若者論に過ぎないのである。

 しかし、このような文章ばかり受ける背景というものには、やはり国民が若年層の現状に関する思考を停止しているというのがあるのだろうか、と私は疑わざるを得ない。確かに戦後の少年犯罪に関する歴史を紐解いて、現在の少年犯罪が果たして「異常」なものか、ということに関して検証することよりも、今ここで報じられている少年犯罪の異常性を喧伝し、更に自分の矮小な体験を一般化して若年層に対する敵愾心を煽ったほうが手間がかからないことは大いにわかる。しかし、若年層に関する状況を分析するという、少々地味で面倒でも大事な行為を省略して、安易に扇動に走ってしまうと、現実に苦しんでいる青少年を救済することは不可能にならないか。

 現状において、青少年を過剰に貶める珍概念ばかりが量産されているが、それも思考停止の反映なのだろうか。少なくとも我々が安易に使っている概念、この文章なら《キレる》なる言葉を安易に使うことは控えて、更にそれらの言葉がいかにして生成されたか、また以下にして利用されているか、ということに関する想像力を働かせたほうがよほど重要であろう。現在の我が国の青少年をめぐる言論状況は、青少年に対する不安を不当に煽る言説の蔓延が、更にそのような言説を生み出しているという状況になる。安易な「犯人探し」よりも、まず自らが信奉している俗流若者論を疑うことから始めてみてはどうか。

 参考文献・資料
 ビートたけし[2001]
 ビートたけし「バカ母世代」=「新潮45」2001年4月号、新潮社
 長谷川真理子、長谷川寿一[2000]
 長谷川真理子、長谷川寿一「戦後日本の殺人動向」=「科学」2000年6月号、岩波書店

 日垣隆『それは違う!』文春文庫、2001年12月
 広田照幸『日本人のしつけは衰退したか』講談社現代新書、1999年4月
 広田照幸『教育言説の歴史社会学』名古屋大学出版会、2001年1月
 パオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』イースト・プレス、2004年5月

 斎藤環「知の超訳にファック!もうやめようよ「なんでも前頭葉」」=別冊宝島編集部(編)『立花隆「嘘八百」の研究』宝島社文庫、2002年7月
 髙橋久仁子「こんなにおかしい!テレビの健康情報娯楽番組」=「論座」2005年9月号、朝日新聞社
 山本弘「ジハイドロジェン・モノキサイドの恐怖――『週刊金曜日』別冊ブックレット2『買ってはいけない』」=と学会『トンデモ本の世界R』太田出版、2001年10月

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