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2005年8月 6日 (土)

俗流若者論ケースファイル45・松沢成文

 また頭が痛くなってきそうだ。

 ゲーム規制を推し進める神奈川県知事の松沢成文氏が、平成17年8月3日付朝日新聞の「私の視点」欄に、「ゲームソフト 有害図書指定の輪を全国に」なる文章を寄せている。はっきりいってこの文章は、松沢氏のブログに寄せられた多数の批判にまったく答えていない。結局のところ、いつもどおりの論理飛躍とトートロジーを繰り返しているだけである。

 松沢氏はこのコラムの3段目において、《ゲームを有害図書に指定した、この先駆的な取り組みは、大きな反響を呼び、多くの意見が寄せられている》(松沢成文[2005]、以下、断りがないなら同様)と松沢氏が書いている。ここで《先駆的》という言葉を使って、いかに松沢氏が自分の行動が正しいことであるか、ということを証明したいかのようだ。しかしこのような松沢氏の行為は、はっきり言って基礎から腐っている、としか言いようがない。それに関しては、松沢氏の文章を検証する過程で明らかにすることにしよう。

 松沢氏は4段目において《その大半は批判的なものだ》と書いている。ならばそれらの批判に答えてくれるのか、と思ったが、冒頭で述べたとおり、答えていない。松沢氏はこの直後で《青少年の健全育成のために、はんらんする情報をどのように扱ったらよいのか。奥深い課題であり、これを機会に大いに議論をし、対策を考えるべきだ》と書いているのだが、果たして《健全育成》とはなんなのだろうか。松沢氏の議論に従えば、子供を「有害」な情報のない環境に置けば子供たちは健全に育成される、と考えているのだろうが、それは青少年の健全育成なる美辞麗句を楯に取った言論統制ではないか。

 私が笑ったのは以下の文章だ。5段目から6段目である。

 このゲーム(筆者注:神奈川県が「有害図書」としている米国のゲームソフト「グランド・セフト・オート3」。以下、「GTA3」と表記)の主人公はプレーヤー自身である。つまり、たとえ仮想空間だとはいえ、ゲームを操作する青少年が、こうした殺傷に主体的にかかわるのだ。精巧な技術開発によりリアリティーが増した画面に向かい、プレーヤーが一人で仮想経験を繰り返す。

 こうした体験を続けることが、青少年にどのような影響を与えるのか。私は、ゲームソフトには、自らが操作するという特徴があるが故に、雑誌やビデオと比べ青少年への心理的影響はかえって深刻であり、対策は急を要すると考える。

 青少年の健全育成に向けた取り組みは、社会全体の責務である。保護者の方々は、これを機会にゲームソフトに対する関心を高めていただきたい。……

 笑いを取っているのだろうか。もし松沢氏がそのようなつもりで書いていないのであれば、これは相当に深刻な問題である。松沢氏は《たとえ仮想空間だとは言え、ゲームを操作する青少年が、こうした殺傷に主体的にかかわるのだ》といっている。松沢氏は、故にこのようなゲームが青少年に悪影響を与え、そして青少年が凶悪犯罪に走る、と考えているようだ。

 世の中の青少年諸君、松沢氏に怒りをぶつけるべきだろう。要するに松沢氏の考える青少年、そしてゲーム規制に賛成する人たちの考える青少年は、悪い意味で極めて無垢な存在、すなわち「有害な」ゲームソフトなどによって、この世において暴力が正当化されている、と思いこむ存在である。もちろん、このような青少年などごく少数であろう。限りなくゼロに近いかもしれない。私が理解してもらいたいのは松沢氏をはじめとする規制論者の青少年認識、すなわち彼らが青少年を前に述べた存在であると見なしていることの残酷さである。

 松沢氏よ、あなたが県知事として責任ある立場に立っているのであれば、まず多くの論理的な批判、例えば少年による凶悪犯罪は減少しているとか、「ゲームの悪影響」が科学的に証明された例はない、とかいうことに対する反論をまず書くべきだろう。相変わらず松沢氏が「自分が悪影響があるといっているから規制する」という態度を貫くのであれば、まず松沢氏は禊を行なうべきである。

 そもそもこの規制自体が怪しいのである。朝日新聞記者の中上貴博氏によると、このGTA3の「有害図書」規定の内容は以下のようなものだったようだ。

 そこで、県が編み出した要件は「殺傷または暴力の対象が現存の生命体と認められる」「手段が現実に取り得る」「場面設定が限りなく現実の社会に近い」の三つ。殺す相手がゾンビではなく人、殺す場所が地下要塞(ようさい)ではなく町や路上という具合だ。

 有害図書類の指定の答申を決めた30日の県児童福祉審議会社会環境部会では、ゲームの録画が上映され、「親としては子どもに見せたくない」などの意見が出された後、出席した6人の委員全員が「規制が必要」と結論づけた。審議はわずか1時間で終わった。

 傍聴者から会合後に「暴力的な映像だけ見せたのでは、誰だって反対する。『まず指定ありき』という感じだった」などと不満も漏れた。(中上貴博[2005])

 壮大な茶番劇、というほかない。しかも、毎日新聞社が発行しているアニメ・ゲーム・漫画専門の無料タブロイド紙「MANTANBROAD」平成17年6月号の、この「有害図書」規制を取り扱った特集記事において、毎日新聞記者の河村成浩氏が、この映像審査に用いられた審査映像の長さが10分という短さだったと報じている(河村成浩[2005]。河村氏も中上氏と同様、この審査の時間がわずか1時間だったことに触れている)。もう一つ、河村氏の記事であるが、神奈川県の青少年課副課長の林敬人氏は、《表現の自由はもちろん重視しているが、公共の福祉も重要だ。GTA3はあまりにも現実に近すぎるし、県民の指摘もあり、見過ごすことはできない》(河村成浩[2005])と言っているようだ。ならば林氏に問いたい、世の中には殺人事件を取り扱ったテレビドラマ(もちろん実写)がたくさんあるけれども、それに関してはどのように考えているのだろうか。また、我が国において、報道で報じられた内容を模倣して行なわれた事件は、はっきり言ってゲームを模倣したものよりも多い、少なくとも報道される範囲では(ただ、報道に触発された犯罪に比して、ゲームに触発された犯罪のほうが数倍センセーショナルに報じられるので、注意して読まないとわからないが)。

 河村氏の記事では「松文館裁判」(出版社である松文館の発行した青年コミックが刑法のわいせつ罪に問われた事件。この裁判には、国会議員の平沢勝栄氏が大きく関わっている。詳しくは長岡義幸[2004]を参照されたし)の被告側(出版社側)主任弁護人である山口貴士氏がコメントを寄せている。曰く、

 ゲームが青少年の暴力的行動を誘発するという明確な根拠がないままに、規制だけを強化する動きが理解できない。一部分にだけスポットをあてて、青少年を取り巻く環境に目が届いていないのでは。規制をして効果があるかどうかも疑問だ。だがゲームに限らず有害図書などの規制の流れは全国的に進んでおり、今回の事例が前例となって第2、第3のケースが生じることもあるだろう。(河村成浩[2005])

 山口氏の危惧は現実になりつつある。というのも、河村氏の記事では、東京都の石原慎太郎知事が今年3月の定例議会で松沢氏の方針に賛同したことが書かれている(もとより石原氏は最近「文藝春秋」で発表している俗流若者論において、ゲームは有害である、ということを書き散らしている。石原慎太郎[2005]、石原慎太郎、養老孟司[2005]を参照されたし)。また、愛知県や大阪府においても同様の規制が敷かれるようだ。

 さらに松沢氏は、このように書いている。

 今回の指定の効果は、現状では県内にしか及ばない。そのため、先日、全国知事会議の機会をとらえて、各都道府県に有害図書への共通理解を検討するようお願いした。

 そして、松沢氏のブログでは、この全国知事会議において、宮城県の浅野史郎知事(!)が松沢氏の要請に答え、具体的な検討に入ることが表明されたという。松沢氏の所論には、福岡県知事で知事会の会長である麻生渡氏も賛同していたそうだ。

 もはや全国的な規制の動きをとめることはできないのだろうか。しかし松沢氏の規制策動を批判する我々も、ひとり松沢氏のみを批判するだけでは、同様の動きをとめることはできないだろう。なぜならこのような規制論の根底には俗流若者論が付きまとっているからである。要するに、「今時の若者」は自分とは違う社会環境で育ったから「異常」になったのだ、ということで、そこでもっぱら槍玉に上げられるのがゲーム、漫画、テレビ、携帯電話、インターネットである。ここではまさにゲームが槍玉に上がっている。だから我々は、松沢氏の立論が以下に歪んでいるものであるかを衝くと同時に、巷に流布している「今時の若者」のイメージの虚構性もまた衝かなければならない。このゲーム規制の件は、行政が俗流若者論に屈服した例として私は見ている。

 参考文献・資料
 石原慎太郎[2005]
 石原慎太郎「仮想と虚妄の時代」=「文藝春秋」2005年5月号、文藝春秋
 石原慎太郎、養老孟司[2005]
 石原慎太郎、養老孟司「子供は脳からおかしくなった」=「文藝春秋」2005年8月号、文藝春秋
 河村成浩[2005]
 河村成浩「「残虐」とゲームが有害図書に 神奈川県、条例で指定」=「MANTANBROAD」2005年6月号、毎日新聞社
 長岡義幸[2004]
 長岡義幸『「わいせつコミック」裁判』道出版、2004年1月
 中上貴博[2005]
 中上貴博「県、「残虐ゲーム」を有害図書指定へ」=2005年6月1日付朝日新聞神奈川県版(この記事は朝日新聞社ウェブサイトの文章を基にしています)
 松沢成文[2005]
 松沢成文「ゲームソフト 有害図書指定の輪を全国に」=2005年8月3日付朝日新聞

 斎藤環『「負けた」教の信者たち』中公新書ラクレ、2005年4月
 ウォルター・リップマン、掛川トミ子:訳『世論』岩波文庫、上下巻、1987年2月

 酒井隆史「「世間」の膨張によって扇動されるパニック」=「論座」2005年9月号、朝日新聞社
 杉田敦「「彼ら」とは違う「私たち」――統一地方選の民意を考える」=「世界」2003年6月号、岩波書店

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コメント

トラックバックありがとうございます。大分前に出した問い合わせに対してたった今、神奈川県からの回答メールが届きました。その回答については納得できないところだらけなので早速直接問い合わせしてみようと考えています。後藤さんも疑問点があれば直接↓にどうぞ♪

詳しいお問い合わせがある場合には、県民部青少年課地域環境班 尾崎(電話 045-210-1111内線3848)で担当しておりますことを申し添えます。

投稿: 遊鬱 | 2005年8月19日 (金) 21時39分

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