« トラックバック雑記文・05年09月17日 | トップページ | 俗流若者論ケースファイル71・森昭雄 »

2005年9月18日 (日)

統計学の常識、やってTRY!第6回

 いい加減にしてくれ。

 この連載の第3回において、私は、日本地理学会の行なった「学力調査」を検証したが、今度は国立国語研究所か。この研究所が行なった「学力調査」が、平成17年9月18日付読売新聞に掲載されている(岩手県版、宮城県版)。

 それによると、《大学生の3人に1人は、「春はあけぼの」の意味が分からない――。国立国語研究所の島村直己主任研究員らの研究グループが17日、千葉市で開かれた日本教育社会学会でこんな調査結果を発表した》(2005年9月18日付読売新聞、以下、断りがないなら同様)ということらしい。この記事によると、《調査は今年6~7月、国立大5校と私立大3校の1~4年生までの約850人に実施。古文4、現代文2の計6問を出題し、2年前に高校生1~3年生約1500人に実施した同一問題での調査結果と比較した》とあるのだが、サンプルに偏りが生じていないだろうか。要するに、どのような大学で行なったのか、理系なのか文系なのか、学力偏差値上でのレヴェルはどれほどか、ということが全く書かれていないのである。あまつさえ《現代文は高校生より正答率が低く、研究グループは「大学生の活字離れが深刻になっているのではないか」としている》などと「分析」されたら、もはや疑いたくなるのはこの調査を行った人の学力のほうだ。他の世代との比較もない。この調査は、最初に結論ありきで行なわれたと罵られても仕方がないのではないか。
 ちなみに私は日常的に蛙を「かわず」と言っておりますが何か?

 はっきり言うけれども、このような「調査」に何の意味があるのだろうか。最近では、連載第3回で検証した日本地理学会の調査の如く、ただ「今時の若者」に対する不信感を煽るだけの「学力調査」が乱発される傾向にあるけれども、このような調査は、本来であれば長い時間をかけて、安易な「結論」を捻出するのはできるだけ慎まなければならないはずなのだが。

 もうこれ以上いうことはない。結論、このような無意味な「調査」をやめよ。

 参考文献・資料
 谷岡一郎『「社会調査」のウソ』文春新書、2000年5月

この記事が面白いと思ったらクリックをお願いします。→人気blogランキング

|

« トラックバック雑記文・05年09月17日 | トップページ | 俗流若者論ケースファイル71・森昭雄 »

コメント

同意します。この手のいいかげんな調査、人の不安や不信をあおるのが目的だとはじめから分かっているような信頼できない調査は、やらないほうがいい。
そもそも、「学力」というのもいかがわしい概念ではないでしょうか? 中内敏夫の「学力とは何か」という岩波新書のなかに、日本語の学力という語は、英語やロシア語など諸外国語にぴったりあてはまる言葉が見当たらないという記述があります。また、どのようなテストを作るのか、誰が採点するのか等によってもテストの点数は違ってきます。期待される標準偏差から大きく離れた値を表やグラフに含ませるかどうかによっても、全体像は違って見えます。
本当にバカバカしいです。

投稿: ぱれいしあ | 2005年9月19日 (月) 20時06分

研究発表や論文などの資料にあたった上で「いい加減な調査だ」と言っているのですか?
マスコミが「いい加減」にかいつまんだ報道だけみて調査元を批判しているのであれば、批判する側に問題があると思うよ。

投稿: なんだかなあ | 2006年2月16日 (木) 11時59分

毎回毎回、興味深くエントリ読ませて頂いております。

統計と言えば、かの毎日新聞の「理系白書」が最初のところで「理系は文系に比べて恵まれていない!冷遇されている!」と言うのを統計調査引っ張ってきて言及しているんですよね。だから日本は「文系優位」て続く訳なのですが、この調査って(理系の多い)第二次産業と(文系の多い)第三次産業の収入差を考慮せずに結論ありきでやっている様に思えるのですが、如何でしょうか?是非取り上げてみたく宜しくお願いします。 m(__)mm(__)m

投稿: 杉山真大 | 2007年2月25日 (日) 00時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/108861/6007195

この記事へのトラックバック一覧です: 統計学の常識、やってTRY!第6回:

» 学力は社会によって [オルタナティブ大学 on Blog]
↓ 以前、高専に通っていたことのある方のサイトを見て考えさせられた。 http://www.econ.tohoku.ac.jp/~nomura/impression.htm#050901  そういえば、ある理工系の教官から、優秀な高専出身の技官について聞かされたことがある。その人は、がんばり屋で、単なるアシスタントではなく、事実上、共同研究者だったそうだ。その教授の研究内容をすみずみまで知っていて、... [続きを読む]

受信: 2005年9月19日 (月) 20時09分

» 地域にとっての学力って何? [オルタナティブ大学 on Blog]
おじゃまします。TB・コメントありがとうございます。 学校知は、地方の知識を貶め・殺しながら発展してきたんですね。方言をとりしまったり、「エリート」らの運営する最先端の工場が、石牟礼道子さんが「苦海浄土」で紹介した水俣のように、生きる基盤としての漁師の知識・技術をうばってしまったり。 P・フレイレが、「希望の教育学」で、識字教育がらみでブラジルの海岸地方の漁師の船の位置の決め方が合理的だと、「教師がすべてを知るわけ... [続きを読む]

受信: 2005年9月19日 (月) 20時09分

» NNNドキュメントが「ゲームのなかの戦争」を取り上げ、反戦メッセージが込められている事を強調 [フィギュア萌え族(仮)犯行説問題ブログ版・サブカル叩き報道を追う]
この番組は懸念された様な「ゲーム脳」的なバッシングでもなく、残虐ゲームの悪影響を喧伝する内容でもなかった。 世界初のTVゲームが核兵器開発の副産物である事、アメリカでTVゲームが兵士の訓練に使われている事などの指摘はあったし、少年犯の同級生の証言を元に書かれた「凶器の扱い方はホラーゲームの影響」という記事の見出しを映したりもしたが、全体的にはゲームクリエイターが「ゲームの中の戦争」に込めた反戦のメッセー... [続きを読む]

受信: 2005年9月20日 (火) 02時11分

» トンデモ科学と俗流若者論 [タカマサのきまぐれ時評]
■現役大学生が、ちまたに横行する「俗流若者論」をバッサバッサきりまくる、『後藤和智『新・後藤和智事務所 ~若者報道から見た日本~ 俗流若者論から日本社会の一面をのぞく』は、毎回高水準の批判が展開されているウェブログだ。当サイトサイトでも、リンク集の常連...... [続きを読む]

受信: 2005年9月20日 (火) 05時19分

» 生意気な若者 [喜八ログ]
題名の「生意気な若者」というのはかつての私(喜八)自身を指します。ここでは「いまどきの若者はなってない」というような愚痴を書こうとしているわけではありません。私はヒネクレ者なので、ありきたりの反応を見せるのには抵抗があります。 某巨大流通グループ創業者死去のニュースに接して、ある「事件」を思い出し...... [続きを読む]

受信: 2005年9月22日 (木) 19時57分

» 大学教授は虚業家か [タカマサのきまぐれ時評]
■古谷浩『大学教授は虚業家か』〔早稲田出版〕は、「大学」という 日本列島の特殊な空間を うちがわから徹底批判=内部告発した ものだ。■その腐敗ぶりの告発は、すでに 類書があるが、この本も よんで損はない。これから 大学進学をかんがえている 高校生などの保護者...... [続きを読む]

受信: 2005年9月24日 (土) 11時34分

» グロテスクな教養 [タカマサのきまぐれ時評]
■いわゆる「課題集中校」などと 密接にかかわる 経済階層と 公教育の関連性とを 先日論じたが、今回は 一転して、エリート層近辺の 文化資本を、ひさしぶりに かたってみよう。■東大文学部ドイツ文学科周辺の 前史と戦後史を いじわるく、しかし愛情あふれる 皮肉でもっ...... [続きを読む]

受信: 2005年9月24日 (土) 11時35分

» ベリーベリーサタデー、大学生の国語力低下と、ライブドア調べの新語について報道する。 [フィギュア萌え族(仮)犯行説問題ブログ版・サブカル叩き報道を追う]
まあ特に若者叩きという事ではないのですが、まあ、古い言葉も教養として身につけておいて欲しいなと、「古鳥羽護(ことばまもる)」というコテハンを名乗っている私も思いました。この調査自身の信憑性は置いておくとして。ちなみに宮崎哲弥氏は、「言葉は新陳代謝するもの。古い言葉が無くなって良いというわけではないけど。」とコメントしていました。... [続きを読む]

受信: 2005年9月25日 (日) 14時16分

« トラックバック雑記文・05年09月17日 | トップページ | 俗流若者論ケースファイル71・森昭雄 »