俗流若者論ケースファイル71・森昭雄
今度は産経新聞か。産経新聞のウェブ版である「ENAK」に、日本大学文理学部の曲学阿世の徒・森昭雄氏が登場している。日付は明記されていないが、記事中に《小学校で教職員3人が殺傷された大阪府寝屋川市の事件。逮捕された17歳の少年は、小学校時代から自宅に引きこもってゲームに興じていたという》(「ゲーム脳 神経回路の形成に影響」=産経web「ENAK」、以下、断りがないなら同様)、以下、断りがないなら同様)と書いてあるとおり、おそらく平成17年の2月下旬あたりであろう。この記事では、相も変わらず《事件との関連は分からないが、日本大学の森昭雄教授(脳神経科学)は「テレビゲームに没頭し、反射的な操作を繰り返していると、理性や判断など、人間らしさにかかわる脳の前頭前野の活動が低下し、キレやすく本能的な行動をとる可能性が高くなる」と独自の学説を唱えている》などと書かれているのだが、この理論がいかにデタラメかということは精神科医の斎藤環氏をはじめ多数の人に指摘されている。ただこの記事に関して言うと、《キレやすく本能的な行動をとる》と書かれているが、そもそも「キレる」という言葉の出自が極めて疑わしいものであるし、また《本能的な行動》が何をさすのかがわからない。そもそもゲームによって神経が未発達になると犯罪を起こしやすくなるとか「ひきこもり」になるだとか学力が低下するとか言うことに関する論証が立っていないのだが。このような「論理」は、所詮は彼らが腹を立てている青少年問題をゲームにかこつけたいだけのものである。
もちろん、この記事の筆者が、脳波におけるα波の増加=脳が働いていない、日常的にゲームに親しんでいるとゲーム中にα波が減少しない、だからゲームをやりすぎると凶悪犯罪者になるぞ!という図式を少しも疑っていない。ここで我々が着目すべきは、脳波におけるα波の現象がゲーム中に限られることであろう。森氏の文章を読んでいると、どう考えても森氏は、ゲームとお手玉と10円立て以外(「メール脳」がらみなら携帯電話の使用時も)の作業時における、すなわち日常動作における脳波を計測した節がない。学者として不適切な態度であろう。少々記事から離れてしまったけれども、私が問題視したいのはこの記事の執筆者の態度で、少し読むだけでも明らかにおかしいと思える事例、例えば《β波が減少した状態》が《前頭前野に情報を伝える神経回路の働きが悪くなると考えられ、理性的な判断を伴わないまま、視覚情報から即行動に移される可能性》をもたらす、という部分に少しも疑問を持たないのがそれに当たろう。そもそも少年による凶悪犯罪(殺人・強盗・強姦・放火)は減少しているのだが。そのようなことを無視してこのようなことを語ってしまうのは、所詮は疑似科学に縋ってでも「今時の若者」を貶めたい、という未熟マスコミ人の「歪んだ欲望」(笑)なのだろう。
また、この記事の執筆者は、《(筆者注:森氏は)「ゲーム脳」では、前頭前野の活動が低下しているため、ゲーム以外の集中力が落ちてボーッとした状態となるほか、判断力が低下してキレやすくなったり、本能的な行動をとりやすくなったりする、と述べる》と書いており、このアンチノミー(二律背反)の行動が同時に起こってしまう「ゲーム脳」とは一体何か、ということにも疑問をはさむべきだと思うが(そもそも《ゲーム以外の集中力が落ち》てしまうことは前頭葉の未発達として捉えるべきことなのだろうか?)、所詮は俗流若者論、そのような論理の上での疑問があってはいけないのだろう。
もちろん、「ゲーム脳」理論の最大の「萌え要素」(笑)である《森教授は「ゲームだけでなくインターネットや携帯メールなどが氾濫(はんらん)する現代、友達と一緒に自然の中で体を使って遊び、創造の喜びを体感できるような遊び方も今の子供たちに必要ではないでしょうか」と話している》という物言いに代表される安易な懐古主義だって忘れてはいない。そもそもこの記事が書かれたのは少なくとも平成17年2月以降なのだから、「ゲーム脳」に対する批判は一般書のレヴェルでもかなり出ていた(例えば、斎藤環[2003]、と学会[2004]、香山リカ、森健[2004]など)。また、この記事の冒頭で触れられている《大阪府寝屋川市の事件》に関して、この記事と同様に「ゲーム脳」に強引に結びつけた報道が週刊誌を中心に行なわれたが、結局のところこのようなプロファイリングは無根拠である、ということ、そもそもこの事件における犯罪者が《自宅に引きこもってゲームに興じていた》のはせいぜい中即直後のある時期までで、それ以降は《ゲーム本には見向きもせず、昨年から若者向けのファッション誌「smart」を毎月買うように》(小泉耕平、藤田知也、四本倫子[2005])なるなどと、際立ってゲームに熱中している傾向は見られなくなったという証言すらあるほどだ。
最後に、私が「ゲーム脳」に関して考えていることを語ろうと思う。この「ゲーム脳」理論について、この記事でも《それを防ぐため森教授は、子供たちのゲームの時間を1日あたり15分程度と決めたり、ゲームをしても読書をして感想文を書く時間をとる》と触れられている通り、「ゲーム脳」なる疑似科学が、子供を「正常化」するための監視を正当化するツールとして用いられているのが、最近の私の危惧することである。このような事態は、事実を放棄して疑似科学にすり寄る動向、または疑似科学が権力を正当化するツールとして働いていることなど、なにやらナチス・ドイツの匂いすら感じさせる我が国の社会を象徴するツールとして、私は「ゲーム脳」理論に興味を持っている。もちろん、これは「ゲーム脳」に限らず、正高信男氏の「ケータイを持ったサル」でも同様で、我が国における俗流若者論に支えられる疑似科学が、いかなる方向に我が国を導いていくのか、ということについて私は何らかの危うさを覚えずにはいられないのである。
参考文献・資料
と学会[2004]
と学会『トンデモ本の世界T』太田出版、2004年5月
香山リカ、森健[2004]
香山リカ、森健『ネット王子とケータイ姫』中公新書ラクレ、2004年11月
小泉耕平、藤田知也、四本倫子[2005]
小泉耕平、藤田知也、四本倫子「「17歳少年がおかしくなったのはゲームのせいじゃない!」」=「週刊朝日」2005年3月4日号、朝日新聞社
斎藤環[2003]
斎藤環『心理学化する社会』PHP研究所、2003年10月
杉田敦『権力』岩波書店、2000年10月
森真一『自己コントロールの檻』講談社選書メチエ、2000年2月
山本貴光、吉川浩満『心脳問題』朝日出版社、2004年6月
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コメント
問題の記事の産経新聞本紙ソースですが、
> 3月4日(金)の東京朝刊から
>
> by 田野陽子
と右側に書いてありました。ほかには、柳田邦男ヨイショ記事などがある一方、以下のような記事もあります。
・ケータイ・テレビ依存症の日本人 8月2日(火)東京朝刊 by 酒井潤
http://www.sankei.co.jp/enak/2005/aug/kiji/02mobile.html
> 「新潮45」連載当時から、文化論には珍しく、30-40代前半の女性読者が多かったと
> いう。子育てや得体(えたい)の知れない社会状況に抱いていた不安を整理してくれた
> 感じがあったようだ。
・ “残虐ゲーム”規制本腰 8月18日(木)東京朝刊 by 伊藤鉄平
http://www.sankei.co.jp/enak/2005/aug/kiji/18game.html
・ キャラクター愛「萌え」 東浩紀氏に聞く 9月1日(木)東京朝刊 by 堀晃和
http://www.sankei.co.jp/enak/2005/sep/kiji/01moe.html
投稿: siebzehn138 | 2005年9月21日 (水) 14時57分
大変克明な分析をふまえた記事で、いつも
感服いたしております。
若者・子どもを管理しておかなければ
危険で狂った存在になってしまうという
あおりをする研究者が多いのにはあきれますね。
おかげで危険な存在はどんどん減少しております(少子化傾向)。めでたしめでたし。
これからもよろしく。
投稿: おこじょ | 2005年9月21日 (水) 16時32分
「議論のウソ」という新書が発売されたのですが・・・・・・
ついにオカルト教授も同僚に批判されるように
なっちゃいましたか。
投稿: あゆむ | 2005年9月25日 (日) 01時13分
産経は「脳科学?」に凝ってまいすね。
神経系統の“電気的反応”で、人間の行動がデジタル的に決められると考えるのは、ナンセンスだと思います。
ゲーム以外で、α波が出ている事例も調べて欲しいですね。
投稿: rabbitfoot | 2005年9月25日 (日) 01時15分
産経新聞社では完全に『御用学者』ですね、森教授。
9月23日産経新聞社会面にて、神奈川・大阪・兵庫だけが突出し、統計学的にも信用しづらい『小学生の暴力件数が増えた』となる、文部科学省調査を無批判に取り上げ、森教授からの「ゲームやテレビが原因で前頭葉が(略)子供をそれらから遠ざけて、親子で会話をしよう」とのコメントがありました。
「テレビもダメ」といってるくせに、どうして森教授はテレビ番組に出演したり、産経新聞はテレビ番組欄・情報の掲載を止めないのでしょうか?
また、産経新聞ではネット規制を訴えているのに、gooの広告も毎日のように載せてます。キッズgooでフィルタリング機能を持たせているから安心なのか?と産経新聞・夕刊フジ・サンケイスポーツのサイトを検索しましたが、産経はクリアできてもあとの2紙は見事にダメでした。
http://kids.goo.ne.jp/
夕刊フジは、尼崎列車脱線事故の際、森教授に「(死亡した)運転手はゲーム脳」とのコメントを取ってますけど。
投稿: siebzehn138 | 2005年9月25日 (日) 20時15分
個人的に関心はあと217日後、戸塚ヨットスクールの学長戸塚宏氏釈放の後、
産経新聞と石原慎太郎がどのように脳科学と教育の関連付けをしてくるか、ってところです。
投稿: anomy | 2005年9月25日 (日) 23時27分