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2005年11月12日 (土)

子育て言説は「脅迫」であるべきなのか ~草薙厚子『子どもが壊れる家』が壊しているもの~

 ジャーナリスト・草薙厚子氏の最新刊『子どもが壊れる家』(文春新書)、及び草薙氏が最近になって立て続けに「週刊文春」において発表している少年犯罪論を読んで、私は草薙氏が、我が国における「ジャーナリスト」と呼ばれる職種の人の中で最悪の部類に入る人なのではないか、と確信した。本書は、一番悪い意味で「ジャーナリスト的」な作品であり、単純に言えば本書は子供たちに対する危機・不信を煽る言説のみで構成されている。

 本書がいかなる本であるか、ということは、第1章「「普通の家庭」で犯罪が起きた」を読めば直ちに分かるであろう。まず、この章のタイトルが「「普通の家庭」で犯罪が起きた」。要するに、このようなあおり方は、最近の「普通の」子育てこそが犯罪者を生むのだ、という危険扇動言説そのものである。

 それだけではない。この第1章は、マスコミで喧伝されている、少年による凶悪犯罪を列挙されたのち、「今時の子供」「今時の若者」の「頽廃的な」特徴を示す(と錯覚している)アナロジーがたくさん詰まっている。私が本書を読んでいるとき、この章だけで大量に栞がついてしまった、ということをあらかじめ言っておきたい。

 《東京近郊の小学校教師によると、ここ十年くらいの間に「家ではいい子、学校ではやりたい放題」の子が男女ともに増えているそうです》(草薙厚子[2005]、以下、断りがないなら同様)24ページ。《「自分は自分のままでいい」と文化の鎧を拒否する生徒が増えていると言うのです(筆者注:だから校内暴力が増える、と草薙氏は説いている)》29ページ。《学級崩壊が叫ばれている昨今、協調性がない子どもたちが増えているのは確かです》同じく29ページ。《母親の中には、中学生だってプラダやグッチなどの高級ブランド品を持っていてもいい、と考える人がいるでしょう。それが親子の話題の中心だとしたら、コミュニケーションのとり方は本当にそれでいいのでしょうか?》32ページ。《各学校の現場教師は、生徒が友達同士のコミュニケーションを対面で取れなくなってきていることを危惧しています。今まであっていた子に言いたいことをその場で話さず、別れた後でメールを送りつける》34ページ。《確かに子どもが勝手に皮って言ったのではなく、親が変わり、その姿が鏡に映るように子どもが変わっていったのです》36ページ。《(筆者注:昨今の携帯電話を媒介したコミュニケーションは)希薄な人間関係の中で、対人的な共感性や感動もなく、その場での刹那的な快楽に支配された行動なのです》42ページ。《以前と比べてさらに同期が不明瞭な非行が増え、一体何を求めて危険を犯すのか判らない犯罪が多くなりました》43ページ。《戦後の混乱や貧しさゆえに子どもをかまう余裕を失った世代から、管理社会・競争社会を行きぬくために子どもを犠牲にした世代を経て、衣食足りて礼節を教えない世代へ》43ページから44ページにかけて。《誰もがしている「普通の行為」の中に、意外と大きな落とし穴が隠されているのではないでしょうか》44ページ。《核家族化は両親に快適な家庭生活をもたらしましたが、子どもを見る目、育てる手は確実に減りました。一方で少子化は、モノだけでなく親の関心までも過剰に子供に集中する結果を招いています》44ページから45ページにかけて。《誰もが少年犯罪を他人事とは思えない時代がこうしてやってきました》45ページ。

 24ページに~45ページにかけて、こういった言説がおよそ2ページに一つ出てくるのである。これらの言説は、特に新しい視座を開拓するわけでもなく、あるいは現在喧伝されている言説に対するアンチテーゼになることは当然なく、ただ「不安」を増長するだけである。特にこの章の最後にあたる、44ページから45ページにかけては密度が極めて高い。私が本書を、最悪の意味で「ジャーナリスト的な」本であると断定した所以である。

 草薙氏の狼藉はこればかりではない。本書第3章「過干渉とゲーム」に至っては、もはや学問的には完全に論破されたはずの「ゲーム脳」理論をはじめ、「今の子供たちはゲームのせいでおかしくなった」という俗論を「裏付ける」ための「証拠」なるものが次々と登場する。無論、それらに対する批判的な視座もなしで。もとより草薙氏は、平成15年に長崎での児童殺傷事件において犯人が「ゲーム脳」ではないか、という記事を「週刊文春」に書き、平成14年には講談社の「web現代」において「ゲーム脳」理論を喧伝していたという経歴もあるため、草薙氏がかのようにゲームを敵視する理由もわからぬでもないが。

 閑話休題、第3章においてゲームが子供たちの死生観を歪めることの「証拠」としていまや「定説」となってしまった、長崎県教育委員会の「生と死のイメージ」に関する意識調査が109ページから110ページにおいて引かれている。そして案の定、「死んだ人は生き返る」と応えたのが15.4パーセントだったという記述と、そのうち「ゲームでリセットできるから」と応えたのが7.2パーセントだったという記述が出てきている。
 私事で申し訳ないが、私はこの調査を「統計学の常識、やってTRY!第2回」という記事で検証したことがある。この調査の問題点に関してはこちらを参照していただきたいが、草薙氏は、この調査の調査票を読んだのだろうか。少なくともこの調査票は、「なぜ「死んだ人が生き返る」と考えるのか」というアンケートに関しては、全てがメディアがらみという、誘導尋問といっても仕方のないやり方が採用されていたのだが。

 111ページから136ページにかけては、「ゲームの脳に与える悪影響」なるものが紹介されているのだが、ここで出てくるのは、森昭雄(日本大学教授)、澤口俊之(北海道大学教授)、川島隆太(東北大学教授)、片岡直樹(川崎医科大学教授)といった、これまた「お決まり」の面子である。しかも川島氏以外は、「ゲーム脳」の熱心な支持者(森氏に至っては「ゲーム脳」の「教祖」)であるから、草薙氏がいかにゲームを敵視することを本書で目的としているかがわかるであろう。これらの面子に対する批判は、過去に何度も指弾しているので、改めて述べることはここではしない。(詳しくは、「俗流若者論ケースファイル」シリーズの「07・森昭雄」「08・瀧井宏臣&森昭雄」「16・浜田敬子&森昭雄」「37・宮内健&片岡直樹&澤口俊之」「48・澤口俊之」「56・片岡直樹」「64・清川輝基」「69・中村和彦&瀧井宏臣」「71・森昭雄」を参照されたし)しかし根拠の極めて疑わしい言説を平然として「子供がおかしくなった証拠」として持ち上げるのは、ジャーナリストとして、というよりも青少年言説に携わるものとしてあってはならない行為であると指摘しておきたい。

 ついでに川島氏は、「ゲームが脳に及ぼす悪影響」を実証した人と本書では扱われているが、川島氏の分析はもっとニュートラルなものだし(「ゲームは前頭葉を活性化させることはないが、「癒し」としての効果はあるかもしれない」というもの。ちなみに川島氏の「癒し効果」説については本書でも触れられているが、なぜか草薙氏は127ページで否定してしまっている)、川島氏自身も「ゲーム脳」との関与を必死に否定している状況である。

 ここまで、本書第1章と第3章における草薙氏の記述を検証してきたけれども、私がもっとも衝撃を受けた記述は、第4章139ページにある。曰く、

 しかし子どもを育てる親は、すべてが解明されるのをただ待っているわけにはいきません。子どもに悪影響を与えるものを推測し、常識で判断し、予防的に行動する必要があります。

 と。草薙氏は、13ページにおいても、《「少年A」(筆者注:酒鬼薔薇聖斗)の出現以降、私たちは子育てのマニュアルを書きなおす必要に迫られています。今、日本の子育てが問われ始めているのです》と書いている。もとより、《子どもに悪影響を与えるもの》なるものが扇動言説によって左右されるのも問題であるが、私はこのような記述を見るにつけて、次のような疑問を強く持つ。

 子育て言説は「脅迫」であるべきなのか?

 本書の底流において、重低音の如く常に流れている思想は、「今の子供たちは危険だ、それは今の親たちの間に広まっている「普通の」子育てが「今時の危険な子供たち」を生み出しているからだ」というものである。これはすなわち、あなたが「普通の」子育てをしている限り、あなたの子供がいつ凶悪犯罪者になってもおかしくない、という「脅迫」に他ならない。

 何度も指摘していることだが、我が国においては少年が凶悪犯罪を起こす数は減少している。それは人口比でもいえることである。しかし昨今の我が国において、青少年の「悪化」「劣化」「凶悪化」を煽り立てる言説はバブルの如く増加し、かえってそちらのほうが、「善良な」大人たちの現実感覚、あるいは青少年に対する感覚を規定しているのかもしれない(この証左として、内閣府が平成17年1月に行なった「少年非行に関する世論調査」を挙げておこう。同調査によると、「青少年による重大な事件などが増えていると思うか」という問いに対して、「増えている」と答えた人が約93パーセントも存在したそうだ)。

 言説の増大が、やがて不安を増長させ、さらにまた不安言説を増加させる、という構造も存在しているのかもしれない。これに関しては、そのような構造を示す記述として、東京大学助教授の広田照幸氏による記述《親が子どもへの要求水準を高めれば高めるほど、また、子どもに対して時間や熱意を注げば注ぐほど、親の期待通りに子供が反応してくれないことが気になるし、自分のミスや失敗が気になる。「子育ての失敗」への不安が強まっているのは、現代の親が子どもへの要求が高すぎたり、子育てに熱心すぎることに一つの理由があるのではないだろうか》(広田照幸[2003])、及び皇學館大学助教授の森真一氏による記述《現代社会はデュルケムのいう「聖人たちから成る一社会」あるいは「僧院」のような社会である。また、「共同意識がより協力となり」人々の間のズレが金賞貸地得る社会でもある。それゆえ、人々は相互に「共同意識」からの微妙なズレも見逃さず、これを避難する》(森真一[2000])を採り上げておく程度にしておく。

 私がここで問題にしたいのは、これからの子育てマニュアルは、「教育の失敗」としての「今時の若者」「今時の子供」を設定し、あいつらは社会の「敵」だ、だから自分の子供をあいつらの如き社会の「敵」にしてはならない、というものでなければならないのだろうか、ということだ。このような子育て言説の蔓延は、草薙氏の本書に限らず、例えば最近出た、株式会社海外教育コンサルタンツ代表取締役の浅井宏純氏と、ジャーナリストの森本和子氏による共著『自分の子どもをニートにさせない方法』(宝島社)という本においては、「社会悪」としての若年無業者(=「ニート」)という姿が強調され、こいつらの如くさせないための「子育て」の手法――とはいえ、本書において展開されているのが、国に対する誇りを持たせよ、とか、生活習慣を見直せ、とかいったものなのだが――が――そのような子育てで本当に子供が「ニート」にならずに済むのか、ということを置き去りにしたまま――が展開される。

 ここで壊されているのは、「信頼」をベースにした関係性ではなく、むしろ自分の子供を「敵」にさせないという、「不信」をベースにした関係性ではないのか。草薙氏は本書において、自分の子供をペット化させてはならない、といっているが、かえってこのような不安扇動言説、並びに「敵」を設定してそれに「させてはならない」という子育て言説の増大こそ、子供をペット化させる最大の要因ではないか。

 今の時代の子育て言説は、「今時の」若年層や青少年を「敵」として規定することからはじめなければならないのか。子育て言説の変遷に関しては、もう少し深く追っていく必要があるようだ。

 ちなみに草薙氏は、「酒鬼薔薇聖斗」の更正プログラムに関して記述した本『少年A矯正2500日全記録』(文藝春秋)という本を、この「酒鬼薔薇聖斗」が仮釈放される平成16年4月という絶妙のタイミングで刊行して、更に本書は大宅壮一ノンフィクション賞の候補になるが、草薙氏に盗作疑惑が浮上して受賞は逃している。また、草薙氏に関しては、ジャーナリストの横山政起氏が「ジャーナリスト草薙厚子氏を告発する会」なるウェブサイトで、横山氏が草薙氏から受けた被害を記している。

 参考文献・資料
 草薙厚子[2005]
 草薙厚子『子どもが壊れる家』文春新書、2005年10月
 広田照幸[2003]
 広田照幸『教育には何ができないか』春秋社、2003年2月
 森真一[2000]
 森真一『自己コントロールの檻』講談社選書メチエ、2000年2月

 小笠原喜康『議論のウソ』講談社現代新書、2005年9月
 広田照幸『教育言説の歴史社会学』名古屋大学出版会、2001年1月

 参考リンク
 「たこの感想文:(書評)子どもが壊れる家
 「草薙厚子,子どもが壊れる家-タカマサの気まぐれ時評

 酒井隆史「「世間」の膨張によって扇動されるパニック」=「論座」2005年9月号、朝日新聞社
 内藤朝雄「お前もニートだ」=「図書新聞」2005年3月18日号、図書新聞
 内藤朝雄「憎悪の社会空間論」=「10+1」40号、INAX出版

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コメント

『テレビは音と光の一方的な情報しか与えないから、子供には見せないように』とする小泉英明氏のコメントにしても、以下の記事でもまだ言葉の成長との直接的関係は不透明であり、氏が指摘しているのは「小さな子供を独りにしたままテレビを見せるな」というだけなんですけどね。(家庭内では子供が5歳になるまで置かなかった。)
http://kodansha.cplaza.ne.jp/broadcast/special/2004_04_28/content.html

草薙氏はポケモン事件を引き合いに『テレビは子供に危険』と小泉氏のコメントを牽強付会してますし。森昭雄氏にしてもそうですが、なぜ『有害だ』と指摘するテレビというメディアで生出演してコメントを出すんでしょうね?11月3日、学校が休みである祭日にテレビ朝日スーパーモーニングに出演しましたし。
http://www.tvblog.jp/kanto/archives/2005/11/post_36428.html

(明日発売の『週刊現代』では、十一元三・京大教授との対談記事が掲載されます。)

投稿: siebzehn138 | 2005年11月13日 (日) 17時06分

草薙さんのこの内容は全くひどいものですね。
もちろん、草薙だけではないのですが。

ここまで、言いたい放題のジャーナリズムに突っ込んでいる管理人さんのような方は頼もしく思えます。今後も頑張って下さい。

投稿: ダイスケ | 2005年11月13日 (日) 17時54分

>なぜ『有害だ』と指摘するテレビという
まったくその通りだと思います。そんなにテレビが有害だというのなら、書籍やラジオに投稿しろといいたい。後思うのですが、テレビが悪影響をもたらすというのなら若者よりも今の40代の方が問題だろうが…(テレビの俗悪度は大体70年代がピーク。その時代にテレビっ子だったのは(ニヤリ)。)。

投稿: hts | 2005年11月13日 (日) 21時26分

壊れてるのは草薙のほうだろうな明らかに。
週刊現代の対談ではなぜかトンデモ説への言及はナシ。

そんな中でオススメの本があるのですが
滝川一廣「こころ」はどこで壊れるか―精神医療の虚像と実像」洋泉社Y新書。
脳科学や少年犯罪、酒鬼薔薇への至極真っ当な考察が逸品です。草薙厚子も読めば少しは変わるかもね、でもこの破綻したトンデモ本を上梓しちまう感性なら無理か・・・ある種、酒鬼薔薇より草薙の矯正のほうが困難かもね・・・

投稿: | 2005年11月15日 (火) 01時07分

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