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2006年1月 8日 (日)

トラックバック雑記文・06年01月08日

 今回のトラックバック:「フリーターが語る渡り奉公人事情」/「海邦高校鴻巣分校」

 明けましておめでとうございます。今年も若者論の検証に精を出していくので、どうぞよろしく。あと、仙台市在住の新成人の皆様、明日は成人の日です。ぜひとも仙台市体育館まで!平成18年仙台市成人式実行委員会の用意した成人式をお楽しみくださいね。

 フリーターが語る渡り奉公人事情:黒田節
 新年早々、考えさせられるエントリーです。我が国においては、やれパラサイトだニートだ下流だとかいった「言葉」ばかりが飛び交っていますけれども、結局のところそれは所詮は「有閑階級の言葉遊び」というか、もう少し詳しく言えば、社会のある階層の人を「よりしろ」にして自分の地位の「高さ」を確認したい、という言動に過ぎない。三浦展氏の「下流社会」もまた、結局のところ自分は「上流」「中流」だと自称する人が、「人生へのモチベーションが低い」ように見える――しかし実際には、社会における「人生へのモチベーション」の文脈が変化していたり、あるいは最初からそのような機会が与えられていなかったりと、単純に本人の無気力として切り捨てることができないものも多いのだが――人を叩いているだけに過ぎない。

 私は最近ナショナリズムに関して思索をめぐらせることもあるのですが、最近喧伝されている「ナショナリズム」やら「愛国心」やらは、フリーターや、あるいは若年無業者などを「国民国家」の成員として認めない。それどころか彼らは「国家」を汚すものであるとして迫害してしまう。ある意味、それが現状におけるフリーター論の歪み――すなわち、バブル期的フリーターとは明らかに変質しているにもかかわらず、今でもフリーターを「甘え」だとか「自己責任」として片付けてしまうこと――とも関係しているかもしれない。
 社会の大部分で働いていながらも、「世間」は決して彼らを一人の人間として容認しようとせず、ひたすら卑下する。そして彼らに「自己責任」を要求したり、あるいは「下流」だと言って見下したり。そのような言説的病理を指弾するために、「嫌韓流」ならぬ「嫌下流」とかいう本を書いてみようか(笑)。
 あと、立ち読みで、スピリチュアル・カウンセラーの江原啓之氏の最新刊『江原啓之への質問状』(ライターの丸山あかね氏との共著、徳間書店)を読んだのですが、特に「ニート」に関するくだりは大いに笑えた。江原氏によれば、「ニート」は自らの守護霊の力に気がつかないから親離れできないんだとさ(笑)。実際に購入するまで詳しい論旨に関する言及は避けますが、実を言うと最近江原氏の言説に関しても興味を持っています。というのも、私がもっとも最初に出会った江原氏の著書が『子どもが危ない!』(集英社)で、そこで展開されている青少年言説が、明らかに過去の事例や件数を無視していることもさることながら、それよりも江原氏が「たましい」との結びつきを取り戻さない限り社会問題は解決できない、と言説を展開していることに危機感を覚えたからです。これは要するに、社会とか実際の人々の営みを無視して、「個人」をいきなり「たましい」――この本で展開されている江原氏の「たましい」概念が、実を言うとかなり保守論壇的な俗論に脚色されているのだが――と結び付けようとする論理であり、パトリオティズム(愛郷心)を経由しない「偽ナショナリズム」であって、それと同時に社会的問題を「内面」に還元してしまう思想に他ならない。とりあえず古本屋で、『子どもが危ない!』の続編に当たる『いのちが危ない!』(集英社)も買いましたが、江原氏は積極的に著書を出しているので、もう少し深く掘り下げていかなければならないでしょう。もちろん、江原氏以外のスピリチュアリズム関連の書籍も参照しながら。
 「論座」平成18年2月号に、ライターの横田由美子氏が「あなたはいま、幸せですか――江原啓之に魅せられた女たち」という記事を書いていますし、評論家の斎藤美奈子氏も著書『誤読日記』(朝日新聞社)で江原氏の『スピリチュアル夢百科』(主婦と生活社)を少々批判的に書評しています(107~109ページ。特に109ページの《心霊業とは、ある種のサービス産業なのである》という指摘には納得!)。ニーチェの『キリスト教は邪教です!』(適菜収:訳、講談社+α新書)も参考になるかな。
 関連記事:「反スピリチュアリズム ~江原啓之『子どもが危ない!』の虚妄を衝く~

 

海邦高校鴻巣分校:「超少子化を語る」を嘲う……
 平成18年1月5日付読売新聞に掲載された、キヤノン社長の御手洗冨士夫氏に対するインタヴューの検証です。私の家でも読売を購読しているのですが、そのインタヴューの中における、御手洗氏の《今日の若者の就業の様子を見ていても、フリーター、ニートと言われる層に果たして本当の就業意欲があるのか》というくだりは、あ、やっぱり、と思ってしまいました。要するに、「問題」といわれる「属性」を持っている人に対して、ひたすら(社会にとって)悪いほうに悪いほうに考える、という奴ね。

 せっかくだからこのエントリーから興味深い部分を引用してみる。

 電波3「個人はあれもこれも企業や社会のせいにすることなく、強い個人になることを目指していただきたい」……
 強い個人、というのはどういう意味でしょうか。経済基盤の強さでしょうか。それとも財界の要請にこたえられるだけの能力を持った人間になることをお求めでしょうか。で、あなた方はバブル期も含め史上空前の利益を挙げ、お金の力で政治に口を出し、経団連に有利な政治を要求することができますが、個人にはそれはできません。社会がどのようにまずい方向に変わろうとも、異議を申し立てることはまかりならぬ、強い個人であれという言葉はそのような意味ですか?

 このような「強い個人」を強調するのも、また「自己責任」論の一環であるということを、我々は認識しなければなりません。
 で、このエントリー、最後はお決まりの《平凡な学生の課題案よりもひどい》。

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コメント

次の日くらいの日経にもこの御手洗氏の
インタビューが載っていましたよ。
そこでは、己を犠牲にして公に尽くすという
かつてあった日本の美徳を取り戻そう、みたいなことを言っていました。
次期経団連の会長候補らしいですがこんな反動的でいいんですかね。

投稿: yam | 2006年1月 9日 (月) 00時22分

本文中でとりあげていただき、ありがとうございます。

なお、中産階級についてのわたしの立場を、TBのなかの「中産階級ばんざい!」でとりあげています。よろしければご一読ください。

おせっかいかもしれませんが、あまり有閑階級を叩きすぎると、「ウヨ・サヨ」といったレッテルをはる人々もいます。ご注意を。

え?わたしは? うーん、カソリック教イリイチ派か何か?

投稿: ワタリ | 2006年1月10日 (火) 23時12分

しかし、最近の文芸春秋の電波ぷりには困ったものですね…。私は文芸春秋は保守系の雑誌の中では比較的穏健な意見が多く好きだったのですが…。いや今週の週刊文春の宮嶋氏の暴論のニート対策に徴兵制をというのはどうですかねえ。ニートの問題を個人の精神論に帰すつもりですか?。

投稿: hts | 2006年1月12日 (木) 18時43分

問題だろ明らかに・・・・

書店ではこいつのコーナーまで設けてる所もあるし、頭痛くなってきますね・・・・

で、オカルトと言えばトンデモ説の提唱者でおられる日大某教授は最近では超能力少女や超能力捜査官などの脳波を計測してオカルト番組に貢献なさってるそうなw

投稿: 江原のオカルト番組は放送法上問題 | 2006年1月14日 (土) 01時43分

凄いね(笑

投稿: 痛烈に批判してる女性発見 | 2006年1月15日 (日) 01時08分

キャノンといえば、大分県なんぞに進出して求人増と思いきや、組み立て工場に、田舎の「就労意欲のある人たち」を派遣労働者としてスカウトして摩滅させて稼いでいる企業なんですが、そんな搾取の資本家に「強い個人」たれ、なんぞ言われたくないものです。それにしても、就労意欲を引きださない年寄りというのは問題にならないんですかね。チームならそういったベンチワークだと解任されますけども。

投稿: さおすけ | 2006年1月16日 (月) 22時44分


『キリスト教は邪教です!』の評価ありがとうございます。
 このたび、ニーチェの哲学の核心を小説にした『いたこニーチェ』を刊行しました!

 主人公・吉田武昭は、いつもモヤモヤ、人生含み損を抱えるサラリーマン。
 そんな武昭の目の前に、ある日突然、大哲学者ニーチェが高校時代の
 同級生・三木の身体を借りて降臨する。
 「今の歪んだ世界を正すため、お前を殺す!」と息巻くニーチェ先生。
 よくよく聞けば、武昭は、世界に未曾有の危機をもたらしている元凶、
 プラトン、パウロ、カントといった哲人の末裔らしい。
 ニーチェ曰く「このバカどもが 間違ったキリスト教の世界観を広めて
 しまったために、現代がメチャクチャになりかけている。
 よってお前の代で、この負の連鎖を断ち切るっ!」
 かくして武昭は世界を救うために「改心」すべく、ニーチェ先生にありがたい
 プライベートレッスンを授かるわけで……。
 ニーチェがわかって面白い、新感覚哲学小説。

 *ニーチェの『善悪の彼岸』の内容が、笑いながら短時間で頭に入るという寸法です。

 (詳細はこちらまで)http://www.geocities.jp/tekina777/
 (ご購入はこちらまで)http://books.yahoo.co.jp/book_detail/AAX76501/
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4870319047?ie=UTF8&tag=hasamitogi-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4870319047
 イラストは、テレビ朝日で絶賛放映中!
 『ねぎぼうずのあさたろう』の飯野和好氏。
 エディターは、現在170万部突破『夢をかなえるゾウ』の畑北斗氏です。

 なにとぞ、よろしくお願いいたします!

投稿: tekina | 2009年2月21日 (土) 10時45分

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受信: 2006年1月10日 (火) 23時04分

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