論壇私論:「世界」平成18年2月号
ベスト:二神能基、森永卓郎「一揆か、逃散か」(司会:山本賢)
若年層を過剰に「病理」視するという態度は、果たして正しいのだろうか?もちろん、このような問いかけは、「今時の若者」は職業観を持っていなくてだらしのない連中ばかりだから徴兵制とかそれに近い形の訓練をさせるべきだ、という人たちにも当てはまるのだが、「世界」平成18年2月号の特集「現代日本の“気分”」を貫くコンセプトにも当てはまるようにも見える。
そんな特集の中にあって、一つの光となった記事があった。NPO法人「ニュースタート事務局」代表の二神能基氏と、エコノミストの森永卓郎氏の対談「一揆か、逃散か」である。その中でも、特に二神氏の発言にはかなり挑戦的で、なおかつ若者論の無責任な言説とは一線を画した、希望に満ちた内容が目立った。
二神氏は96ページにおいて「スローワーク」という概念を用いている。「スローワーク」とは、二神氏によれば、《自分らしく働いて自分らしい世界をつくり、スローライフを楽しむ》(96ページ)という生き方だそうだ。もちろんこれは《格差ではなく、「選択肢」の問題》(96ページ)であるが。要するに二神氏の望んでいるのは、旧来型の職業観と「スローワーク」の共存である。
更に二神氏の構想は一つのコミュニティのレヴェルまで広がる。
二神 僕はそこで「雑居福祉村」という構想をうち出しているわけです。子どもから老人まで多世代の人たちがお互いにパラサイトし合いながら楽しく一緒に暮らす新しい街、新しい村をつくろうとしていて、いま全国で取り組みが始まっています。(略)
お国に期待できなくなったら、お互いに支えあう自衛の仕組みをつくらざるを得ないというのがNPOとしての「ニュースタート事務局」の考え方です。団塊の世代なんかに話すと、彼らは上昇志向が強いから、何か素晴らしいユートピアをつくるのか、といった目で見られますが、そんな難しいことはできません(笑)。
このような構想は、まさしく二神氏のこだわっている「もう一つの日本」というイメージにつながるのだろう。ある意味では、このようなコミュニティの創造こそが、グローバルな資本主義に抗う平和的な手段の一つなのかもしれない。
しかしこのような構想が本当に身をもつのかというと微妙である。現にこの対談の中で森永氏は、例えば《どうも金の権力を振り回す人を野放しにする、いやむしろ勢いづけるような政策ばっかり国はやっているじゃないですか》(99~100ページ)などと苦言を呈している。ただ、森永氏も二神氏も、国家ではなくむしろコミュニティに可能性を見出し、希望を見出そうとしている。
そのほかにも、この対談においては、既存の若者論に対する真っ当な批判も多くある。《おっさん連中から自立しろ、自立しろ、といわれるけれど、その発想が今の息苦しい日本をつくったんじゃないの?という疑問から発している》(二神氏、102ページ)正しい!《「君たちは問題だから再教育してあげますよ」じゃなくて「いま、日本はいろいろな問題で困っているんだ。君たちの力を借りたい」と呼びかければ、若者たちはいっぱい集まってきたと思うんです。発想の転換が必要です。なにかというと教育が悪い、家庭が悪いといいますが、そういう問題ではない。視点を逆転させれば、彼らは非情に貴重な人材なんですよ》(二神氏、102ページ)その通り!
ただ、これほどまでに質のいい対談であるだけに、《いまの若者は、社会を見る力とか、あるいは社会は変えられるものだといった認識そのものがない。……それは核家族の中で親だけに大事に育てられた彼らの「社会力」の弱さのせいだと思います》(二神氏、98ページ)という物言いはやめて欲しかった。
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ベター1:矢作弘、服部正弘「市場略奪型ショッピングセンターの規制を」
昨年9月、久しぶりに盛岡に行ったとき、東北自動車道の盛岡インターチェンジの近くにジャスコがいつの間にか立っていて、似合わねえなぁと思ったのだが、一般に我が国の土地利用規制に関しては、都市の中心ほど規制が厳格で、逆に郊外は甘い。特に幹線道路沿いの土地はかなり甘く、それが種々のロードサイドビジネスの乱立を引き起こしていると考えられる。そんな中、福島県で、「福島県商業まちづくり条例」なる、郊外における大型店出典を規制した条例が制定された。
現在までの土地利用計画が、果たして人口減少時代にふさわしいのか、という論争は、論壇においてももっとなされてもいいだろう。その点において、この論考は、一つのたたき台となる。
蛇足だけれども、70ページにおける、《地方で多発する家族虐待/幼児虐殺などの凶悪事件と郊外型SC開発との間に、強い相関関係があることをルポルタージュした本も出ている》というくだりだが、それなんて三浦展『ファスト風土化する日本』(洋泉社新書y)?この本、取材も分析も余りに杜撰すぎて、話にならない本なんですけど…(詳しくは「三浦展研究・前編 ~郊外化と少年犯罪の関係は立証されたか~」を参照されたし)。
ベター2:鈴木宗男、山口二郎「敗者復活の政治を!」
それにしても最近の鈴木宗男氏の株の上がりようはすごいよなあ。それはさておき、その鈴木氏が始めた地方政党「新党大地」。対談の前半部分は、鈴木氏の「地方政党」に対する希望が述べられており、興味深い。具体的に言うと《今後はイデオロギーのぶつかり合いよりも、その地域の抱える問題や価値観、あるいは手法の違いが焦点になってくるのではないでしょうか。ですから他にも地域政党は出てきて欲しいし、出てくるべきだと思います》(48ページ)というもの。地方への求心力を失ってしまった小泉自民党の現状にあって、地方政党は果たしてどのような役割を果たすのか。
ベター3:大澤真幸「政治的思想空間の現在〈前篇〉」
「多文化主義」に関する論考。〈前篇〉と称されているこの論考においては、多文化主義がグローバル資本主義に極めて適合的であることや、あるいは「物語る権利」への擁護につながること、多様な宗教や生活様式の共存は「私的な趣味のようなものと見なした上で」許容されること、などといった多文化主義に対する批判的考察が成されている。後篇に期待したい。
ベター4:安田浩一「生コン労組はなぜ弾圧されたか」
通常に比して水の比率が多いコンクリートを「シャブコン」という。このようなコンクリートは、通常に比して極めて強度が低く、簡単に壊れてしまう。労組がこれの使用を告発したが、この連帯労組に対しては弾圧が加えられた。建設現場における生コン業者の立ち居地の低さなど、構造的な問題を浮き彫りにする。所謂「姉歯問題」と絡んで読んでおきたい。
ベター5:五十嵐敬喜「世界の潮 耐震強度偽装事件――問われる民間建築確認」
我が国には元から違反建築物が多く、建築行政は極めて杜撰である。阪神大震災においてもそれが浮き彫りとなった。地震によってそれが浮き彫りとなり、平成10年に建築基準法が改正されて、役所の審査と民間の審査が並立するような独特の検査制度ができる。それが所謂「姉歯事件」における手抜きを行政が確認できなかったと同時に、ここで新設され、手抜きを防止する切り札としての「昼間検査」も役割を起こすことは無かった。
背景には建設不況があり、「姉歯事件」は「氷山の一角」に過ぎない。のみならず、これは「リフォーム詐欺」とも絡む問題である。
ワースト:土井隆義「キャラ社会の構造」
土井氏の『〈非行少年〉の消滅』(信山社)を読んだときは、その論理に時々反撥しながらも土井氏の展開する議論にリアリズムを感じていたのだが、今回はいただけない。分析がきわめて杜撰で表層的、なおかつ冷笑的なのである。とりわけ《若い世代を中心とする有権者たちは、大衆娯楽作品を読むのとほとんど同じ感覚で、この「小泉劇場」を味わい「萌え」ていたのではないだろうか》(114ページ)というくだりに関しては、その「小泉劇場」なるものを演出したマスコミや、あるいは政治的選択肢の乏しさは無視ですか、と疑ってしまう。《自分の人生の行方とは関係ないのだから心置きなくゲームに興じることができるし、もしそうなら権力に暴走してもらったほうがむしろ気分も盛り上がるというものである。これこそが、「下流」に位置するとされる若者たちが「小泉劇場」に期待し、セレブ候補者たちに送ったエールの意味である》(117ページ)というのもほとんど暴論。だったら若年層をひたすら病理視し、危険視する若者論という名のカーニヴァルも批判せよ。そもそも現状肯定的な傾向とはそんなに危険なのか?ベストに取り上げた二神能基氏と森永卓郎氏の対談でも読んで出直すべし。
ただし《獲得的属性よりも生得的属性に重きを置いた宿命主義的な人生観が浸透しつつある》(115ページ)という危惧にだけは同意する。これは最近横行している(若者論としての)ナショナリズムやスピリチュアリズムを考える上で避けては通れない問題だ。
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コメント
>そもそも現状肯定的な傾向とはそんなに危険なのか?
(端的に)危険です。そこがわからないのは
現代若者の駄目なところだろうし、逆に、
必ず反権力的たれというのは昔若者だった
世代の駄目なところ。
知的に優れていくというのは、そういうことじゃないよね。
そして、知的に優れてない、向上しようとしないのなら、
そりゃまあ、「最近の若者は・・・」と、
妥当か否かはともかく、言われても仕方ない。
土井隆義の言い分を全面拒絶したがる心理とは、
まあ、昔の丸山真男の「超国家主義の論理と心理」
の、縮小再生産みたいなものに至るのかもね。
そのショボさゆえに「最近の若者は・・・」と
言われたくなけりゃ、やりようはいくらでも
あるって。まあ、後藤さんはその中の7割くらいには
ヒットしてると思うから、そのまま頑張って。
投稿: ン・ジュンマ(呉準磨) | 2006年2月 7日 (火) 13時45分