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2006年2月27日 (月)

論壇私論:「論座」平成18年3月号

 ベスト:鈴木邦男「愛国者はそんなに偉いのか」
 元々右翼・民族派である筆者による、現代にはびこる自称「愛国者」に対する感情的批判を今回のベストに据えることとする。

 本書は基本的には筆者が出会った感動的な師、故・葦津珍彦氏に関する回想録である。鈴木氏は、葦津氏を《情緒纏綿とした「日本精神」に逃げ込まない。また、「戦後民主主義」を頭から否定する論客が多い中にあって、先生は民主主義を認め、その上で論を進めていた》(46ページ)と評し、また論理的な文章に命を賭けることにより、右翼のみならず左翼からも評価され、《橋川文三、鶴見俊輔なども立場を超えて認め》(46ページ)る存在であったという。また、過去、葦津氏は、昭和12年に上海海戦を視察した報告書で「この日本軍を皇軍と僭称したら、天誅は必ず降りる」と報告し、昭和15年には日独伊三国同盟締結を批判した。葦津氏の他にも、右翼の中には軍部を批判し、打倒しようとした人は存在していた。

 そのほかにも鈴木氏は、自らが出会った右翼の人たちがいかに輝いていたか、ということを叙述する。それらの人たちの多くは、二・二六事件の少し前の事件(神兵隊事件)の当事者であり、戦後の右翼運動の良質な部分はこの人たちが作ったといっても過言ではない、と鈴木氏は指摘する。

 そんな鈴木氏にとって、今まさに隆盛している《「にわか右翼」の教授や若者たちの言動には関心がない》(49ページ)ようだ。かつてとは違い、今「憲法改正」だとか「愛国心」だとか叫んでいる人たちは、みな安全圏内で語っている。この鈴木氏の指摘は、私の若者論の検証と実に合致する。私の蒐集している若者論のうち、特に保守系のメディアの多くは「憲法改正」や「愛国心」などを語るが、それらは所詮「若者論」の域を超えず、結局のところ私憤を大層な論議に置き換えているだけだ。

 話を鈴木氏の文章に戻そう。鈴木氏は最後のほうで、現在「愛国者」を僭称している人たちの矜持のなさ、謙虚さの欠如、寛容の欠落、そして自らの論理を正当化するための生贄を探すための愚かさを露骨に批判する。現代の自称「愛国者」たちは、それこそ鈴木氏が指摘するように《本当は個人のウップン晴らしをしているだけなのに。本当は本を売りたいだけなのに。本当はただ目立ちたいだけなのに》(51ページ)、と謗られても仕方のない存在なのではないか。

 さすがに右翼に対する評価は甘いと思わざるを得ない。それでも、この文章で、人との出会いの重要性を痛感させられるとともに、現代の自称「愛国者」(これは右派に限らず、左派にも存在しているのである)の浅薄さを考える上で重要な提起だ、とも思った。

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 ベター1:茂利勝彦「GALLERY RONZA V.I.C(Very Important Child)」
 「論座」がリニューアルした平成17年10月号から、イラストレーターの茂利氏が巻頭で時事イラストを書いているのだが、今回のは個人的に大ヒットだった。構図に関しては雑誌を確認していただきたいのだが、これほど大量のSPに囲まれた子供でも、家に帰れば、あるいは学校に行けば結局無防備になるんだろうか?

 ベター2:中川一徳「堀江貴文という「鏡」が映すフジテレビの危うさ」
 私は元々堀江貴文氏は好きではなかったけれども、この記事を読んで堀江バッシングに蠢動するマスコミの不可解さを身にしみて感じるようになった。というのも、ここで採り上げられているのはフジテレビだが、堀江被告がニッポン放送株を取得したとき、フジテレビには「ライブドアの過去を洗え」という社命が飛んだ。しかし当時はフジテレビもまた、ライブドアと同様の「グレーゾーン」を歩んでいたのである。

 ベター3:アレキサンダー・エバンス「マドラサは本当に脅威なのか」(「FOREIGN AFFAIRS」)
 マドラサとはイスラーム世界の宗教教育機関であり、1980年代のソビエトのアフガニスタン侵攻以降からこのマドラサこそがテロリストの泉源だ、と糾弾された。しかし実際にはマドラサは多くの貧困な子供たちに社会サーヴィスを提供しており、「テロリストの泉源」という見方は余りに一方的だ、と批判する。

 ベター4:斎藤兆史「小学校に英語はいらない!」
 小学校における英語教育の推進派の主張は、英語教育導入の意義は「子供の成長」「国際理解教育」「子供の個の確立」等といった、抽象的な教育効果なのだそうな。小学校における英語教育を教科化すると、結局「英会話ごっこ」が増えるだけだとか、中等教育における基礎教育を充実させよとか、意欲のある若い人たちが英語学習のためだけに高い金を出して留学しなくても済むようにせよ、という主張には納得。

 ベター5:宮崎哲弥、川端幹人「中吊り倶楽部・第5談 お友達が逮捕?」
 あ、やっぱり「週刊文春」平成18年12月8日号の広島県女児殺害事件に関する記事はワースト1でしたか。あと江原啓之氏の語っていることが単なる世俗道徳でしかない、という指摘には激しく同意。

 ワースト:サラ・E・マンデルソン、セオドア・P・ガーバー「ロシアの若者の歴史認識を問う」(「FOREIGN AFFAIRS」)
 曰く、ロシアの若年層の13%は、スターリンが今甦り、大統領選挙に出馬すれば、スターリンに投票する(かもしれない)んだとさ。ただ、30代以上のロシア人は、30%がスターリンに投票する(かもしれない)ようだ。調査に関する信憑性は少々突っ込みたくなるところもあるが、このような外国の若者論が読めるというのは、米誌と提携している「論座」の強みということか。我が国において(「スターリン」を「東条英機」に置き換えて、だが)同様の結果が出たら、間違いなく扇情的な記事が出るだろうなあ。特に朝日新聞とか。

 30代以上の人のほうがスターリンに対する支持率が高いのに若年層ばかり問題化したりとか、スターリン「支持」に関しては「絶対に」「あるいは」「おそらく」を合計した値を出しているのに対し、スターリン「不支持」に関しては「絶対に」だけの値を提示する(ちなみに「絶対に」は46%、「おそらく」は21%。あわせて67%、全体の3分の2)という不公平な比較もあるし、一部の若年の考え方をさも世代の代表であるかのごとく捉えたりとか、論調は我が国の俗流若者論とあまり変わらない。特に結びのこの一文には吹いてしまった。

 モスクワ集団のある大学生は「サハロフの事をよく知っているか」という問いに、深く考え込んだ挙句、「サハロフ?それがどこの場所か分からない」と答えた。彼の反応がロシアの若者に典型的なものだとすれば、彼の国は非常に深刻な問題を抱え込んでいることになる。

 《典型的なものだとすれば》、って、あんた…。

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コメント

小学校での英語教育は、もっと議論されるべきだと思います。日本人の英語力は国際的にも低くないですし(歌でもCMでもアカデミズムでも、公用語でもないのに、これだけ英語が日常に飛び受かっている国はないと思います)、そもそも、それほど英語が重要だというわけでもありません。日本人の9割以上は英語が話せなくても、問題なく生活できているんじゃないでしょうか。もちろん、やりたい人がやるのはかまいませんけど。

投稿: たけ | 2006年2月28日 (火) 09時30分

前半の文章、全くもって同意です。
今の時流に乗った「愛国者」(あるいは「嫌韓(中)厨」)と自称他称する人達の胡散臭さは以前より感じていましたが、右派の思想家にもそう感じている人がいるんですね。

鈴木氏の言うとおり「矜持のなさ、謙虚さの欠如、寛容の欠落、そして自らの論理を正当化するための生贄」を探し、それによって自己の高さを正答化するための「思想」は、どのような形であれ嘲笑されるべきでしょう。

投稿: 通天 閣男 | 2006年3月29日 (水) 08時11分

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