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2006年6月20日 (火)

論壇私論:「論座」平成18年6月号

 ベスト:芹沢一也、安原宏美「増殖する「不審者情報」――個人情報保護法という呪縛」

 まず、こちらの記事を読んでいただきたい。

―――――

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060617-00000213-yom-soci

「球技大会中止しろ、子供殺す」子供心配の女を逮捕

 徳島県吉野川市の市立小学校に、PTA主催の球技大会を中止しないと子どもを殺すなどと書いたはがきを送りつけたとして、県警捜査1課と吉野川署は17日、この小学校に通う児童の母親で、同市内の無職女(43)を威力業務妨害容疑で逮捕した。調べに対し、「子どもを狙った事件があちこちで起きている時に、球技大会なんかしている場合じゃないと思った」と供述しているという。

 調べでは、女は同小あてに今月8日、サインペンで「11日の球技大会を中止しないと子供を殺す」などと書いたはがきを送りつけ、同日に予定されていた球技大会と授業参観を中止させた疑い。
(読売新聞) - 6月17日21時8分更新

―――――

 何とすばらしいホラーハウス社会であることか!!この「母親」は、子供を狙った事件が起きているから球技大会などやるべきではない、などという義憤に駆られ、このような愚行をしてしまったのだろうか。

 おそらくこの「母親」は本気ではないかと思う。しかし、果たしてこの「母親」は、自分の行為もまた「子供を狙った事件」として消化されることを考えていないのだろうか。そしてまた自らの行為が「世間」の「不安」をさらに助長させる、という結果になることを考えていないのだろうか。

 実際問題、統計データを見れば、子供が犠牲になるような事件は増えてはいない。しかしながら、平成16年の小林薫の事件以降、「子供が犠牲者になるかもしれない」という不安はものすごい勢いで増大している。

 そして今回ベストに採り上げる文章は、「犯罪と社会」の分野の研究で注目を集める社会学者と(芹沢一也『狂気と犯罪』『ホラーハウス社会』)、その著書に関して全面的に関わったフリー編集者による、「子供が犠牲になるかもしれない」という不安に駆られて共同体を「閉鎖」していく様を如実に描いた出色の論文である。

 我が国において犯罪は増加し(たように見え)、そしてその原因が「地域コミュニティの崩壊」に求められるようになった。そしてそのような「失われた地域コミュニティ」を「取り戻そう」と、様々な「自発的」活動が行なわれるようになった。そしてこれらの「自発的」活動が、住民の間の「一体感」を生み出し、新しい連帯を生み出すようになった。ちなみに私が「自発的」とカギ括弧付きで表現したのは、この活動が実のところ警察主導で行なわれているらしいからだ。

 しかし、このような形で行なわれるコミュニティの「再生」は、人々をさらに大きな不安に陥れるという事態を生じさせている。たとえば、ある住民は、パトロール隊の格好をしているとき以外は子供に不審者扱いされて声もかけられない、と嘆く。さらには、東京都内であるにもかかわらず、滋賀県で起こった事件に関して警戒を強化せよ、という「不審者情報」までもが流れてしまうのだ。そして子供を持つ親の携帯電話には、どこで「変質者」「不審者」が出現したか、というメールが飛び交う。そして誰かが「不審者」と見られる閾値は、たとえば《バイクを押して後ろをついてきた》位のレヴェルまで下がってしまう。

 訳がわからない。しかし、このように思えてしまうのは、ひとえに私が昼間は主として地域社会から外れた場所――大学や図書館――で生活しているからだろうか。あるいは、私が子供を持っていないからだろうか。

 さらに「個人情報」に対する不安の高まりもこのような傾向を加速させる。その中でも学校は生徒・児童の個人情報に極めて強く神経をとがらし、緊急連絡網も作れない、などという事態も起こっている。そこで情報管理ビジネスが発達するわけだが、この発達した情報管理ビジネスを通じて「不審者情報」が洪水のように発信されるわけである。

 地域コミュニティが、情報管理ビジネスを通じ、洪水の如き「不審者情報」に流され、そして「安心」を得つつ外部に対しては閉じていく――。

 だが、ここでもっとも強く批判されているのは、警察でもなければ、セキュリティ企業でもない。「体感治安の悪化」なるカーニヴァルに盛り上がり、「地域社会の活性化」に血道を上げ、そしてそれが生み出す不安のスパイラルと「他社」の排除について快感すら覚えている「個人」である。カーニヴァル化する我が国のすばらしきホラーハウス社会にの中にあって、「社会参加」がそのまま「排除」になってしまう、そしてそのことを快く受け入れてしまう――そんな状況にこそ強く突きつけられる文章である。

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 ベター1:山田真一「「公」としての文化芸術活動を成功させる条件とは」
 「指定管理者制度」の実態に関するレポート。民間の力を活用してサーヴィスの質を上げるはずの制度だったが、実際には、管理者の間で、様々な亀裂が生じている。そもそも文化行政は無駄な建築物が先行しているような状況では成功しにくい。ソフトが先行することこそ成功の第一歩である。

 ソフトに関しては、菊地昭典『ヒトを呼ぶ市民の祭運営術』(学陽書房)あたりを参照してもらってもいいかな。こちらの本については、「市民活動」としての文化の創出に関して興味深い事例が書かれている……って地元じゃないですか!

 ベター2:五百旗頭真、小此木政夫、国分良成、山内昌之、李鍾元「大型座談会 日本外交を語り尽くす」
 日本外交の戦後史に関する座談会。日米同盟やアジア関係についての流れを俯瞰するにはちょうどいい。

 ベター3:茂利勝彦「GARRELY RONZA 出るか?起死回生の一発」
 後ろの犬に大爆笑させていただきました…。

 ベター4:信田さよ子「タイム・トリップの快感?――江原啓之と前世ブームが意味するもの」
 江原啓之氏の「スピリチュアリズム」が初戦は「自己責任論」に過ぎないことを証明してみせている。のみならず、江原氏独特のレトリックのおかしさや、メディア露出の効果など、江原氏の文章や言説に触れる前には是非とも読んでおきたいものである……と言いたいところだけれども、事実誤認もまた多い。本来この内容ならベター1に持ってきてもいいのだが、やはり無視できない。

 それは「アメリカン・ポップ・サイコロジーと自己責任」と小見出しのつけられた箇所における、フェミニズム・カウンセリングやいわゆる「アダルト・チルドレン」ブームに関する記述である。そもそも信田氏は、我が国における「アダルト・チルドレン」ブームの中心人物として活躍してきたはずであり、その点を矢幡洋氏は批判していた(まあ、今ではむしろ矢幡氏の要が信田氏よりもひどくなりつつあるけど…)。それと同時に、「アダルト・チルドレン」に関する誤った理解もまた広めている。この点に関してはどう説明するつもりだろう。

 ベター5:東浩紀「潮流06 情報漏洩とは共存するしかない?」
 「ウィニー」による情報漏出がなぜ今になって(そもそも平成15年には「ウィニー」を媒介したウィルスが報告され、そして改善された)注目されたのか。「情報流出」に関する倫理の構築を求めるという点において、なかなか興味深いものがある。

 ワースト:該当なし

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コメント

後藤さん

安原です。こんにちは。取り上げていただきありがとうございました。

>我が国のすばらしきホラーハウス社会にの中にあって、「社会参加」がそのまま「排除」になってしまう、

 ほんとそうですね。困ったもんですわ。

 あの論考の構成要素はこんなかんじになっているかと思います。

治安悪化(ウソ)+地方共同体崩壊議論 -「知」
・個人情報保護法 -「法」
・子供と個人情報 -「保護するもの」
・学校の情報漏洩+マスコミの過剰なバッシング - 「マスコミ」 
・資本参加 -「利害関係」
・不審者メール大人気 - 「新たな不安装置」
 ↓
より不安増 地域信頼破壊(=治安共同体はちゃくちゃくとー)

「個人情報」も「子供」も「保護」という考え方のもとで「取り扱い危険物」になってるわけで、そうすると「危険物取扱者」が名乗りをあげます。で、結果的には信頼を壊す皮肉なことになっているわけです。

だから、ひとこと付け加えると上の構成要素をみていただけるとわかるとおり、「治安悪化-地方共同体崩壊」ここを少年犯罪分野で結びつけた90年代の知識人「ら」はほんとうに罪深いかと。

投稿: 安原 | 2006年6月21日 (水) 17時38分

本筋からそれますが、信田さよ子氏が「アダルト・チルドレン」に関する謝った理解も待て広めているとありますが、では管理人さんのアダルト・チルドレン理解はどのようなものでしょうか?ぜひお聞かせ下さい

投稿: 匿名 | 2006年6月24日 (土) 11時47分

「安全のため」といいながら、かえって不安をあおり混乱をもたらす、というのはリスク論の宿命でしょうか? もう少しマシな情報伝達があると思うのですが……。

バウマンは、今日の世界は安定したコミュニティを供給できなくなっている、といった意味のことを言っています。(デランティ「コミュニティ」NTT出版からの孫引きですみません。)

歴史上、残酷な事件のまったくおこらなかった共同体が、いったいどこにあったのでしょうか?

保田與重郎は、「日本の美術史」のなかで、みなが同じ着物を着ていた村共同体へのノスタルジーについて触れています。そんなものも、ノスタルジックな幻想以外に存在したのかどうか、わたしは疑問に思っています。

私事で恐縮ですが、まだ一桁のころ、わたしはアレルギー紫斑病という病気になり、明日の命は保障できないと医者から言われました。入院した病室には子ども時代に命を落とす難病の子どもたちがいました。手術を受けたり、劇薬を用いたりしながら一日、一日生きていることが喜びでした。また、十代のころ父を亡くしたこともあり、人、特に子どもがいつも元気で生きているという感覚は信じられません。
が、みなにそういう感覚を持てというのもムリな相談です。

コミュニオン(ともにひとつになること)は、コミュニケーションのあるところにしかない。
コミュニケーションのあるところにコミュニティが形成される。
コミュニケーションが互いになされない「地域」というあいまいなくくりの中では、もはやほとんどコミュニティは形成されない。
今日のコミュニティは、短命になる傾向がある。

したがって、あなたの地元に共同体がないとしても、そんなものだとわりきったほうがいい。

だけどこれでは、納得しない人たちが吹き上がるんだろうな。

自己責任論をやめさせることから話をはじめないといけないんでしょうね。
職業安定(job security)とか、沖縄みたいに誰でも沿岸で簡単な漁業ができるフードセキュリティとかは話題にしないんでしょうか?

こうした地域の共同体化にかかわる人が、韓国のナショナルセンターのように、派遣全面反対を唱えているという話は寡聞にして聞きません。

投稿: ワタリ | 2006年6月26日 (月) 02時36分

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