2007年1~3月の1冊
すいません、大幅に更新が遅れてしまいました。次回はなるべく早くできるようにします。
1:仲正昌樹『集中講義!日本の現代思想』NHKブックス、2006年12月
戦後の我が国における「現代思想」の導入、発展、そして衰退を描いたもの。全共闘の時のマルクス主義の流行に始まり、1980年代における浅田彰などに代表される「ニューアカ」を経由して、現在の思想的な状況につながる、というストーリーだが、我が国で現代思想の内容がいかに解釈された(または誤解された)かという点に触れつつ書かれているので、読ませる。
著者が言うところの「ポストモダンの左旋回」的な現在の状況、あるいは左派における「ベタ」な危機感の台頭は、ひとえに背景にある経済的、政治的な状況と決して無関係ではない。また、右派どころか香山リカまでもがポストモダンを誹謗しているという(『テレビの罠』ちくま新書)お寒い状況にあって、「現代思想」は今こそ必要だ、という主張は稀有であるように思えてならない。
2:乾彰夫(編著)『不安定を生きる若者たち』大月書店、2006年10月
編著者をはじめ、第一線の社会学者、教育学者が、若年層をめぐる「格差」について述べた良書。言説分析に始まり、「ニート」概念の生まれた国である英国の現状を紹介。そして、藤田英典、宮本みち子、平塚眞樹などによる発表や質疑によって、問題の現状を明らかにしていく。「格差」問題を教育社会学的な観点から考える上では極めて重要な文献である。
3:萱野稔人『カネと暴力の系譜学』河出書房新社、2006年11月
生きていくにはカネが必要である、という至極当たり前な、しかし哲学的な問題ではほとんど見過ごされてきた(という)問題意識から始まり、そこから権力や富の収奪としての暴力が以下に生まれるか、ということを考察する。『国家とは何か』(以文社)に比して、テンポが良くてわかりにくい議論を読みやすくかみ砕いているのがおもしろい。
4:飯田泰之『ダメな議論』ちくま新書、2006年11月
著者は論理学の専門家ではないが、何らかの現象に関する論評を読むにあたって、どのような点に着目すべきか、ということについて大変わかりやすく書かれている。とりわけ前半部にある、「ダメな議論」を見分けるための5つのチェック事項は常に頭に入れておいてもいいくらいである。事実に即した論評は本書から始まる。
もう一つ言うと、「ダメな議論」の典型として、「ニート」言説を採り上げているのは笑えました。
5:中野麻美『労働ダンピング』岩波新書、2006年10月
平成19年5月5日付けの朝日新聞で、三浦展が、若年層の上昇意欲を高めるためには、多様な働き方を肯定し、正社員と非正規の間に「準正社員」を設けるべきだ、と主張した。嗤うべし。三浦は(経団連などの財界が推進してきた)「多様な働き方」というスローガンが、どれだけ我が国の状況に影を落としているかということを知らないのだ。
本書では「多様な働き方」なるものが、種々の労働問題を生み出し、雇用環境の悪化を引き起こしている、という事実が、弁護士の視点から書かれている。だが、本書で描かれている自体に対抗するのは、個人の力では持たない。何らかの知識を持った専門家の力が必要となる。
ワースト1:内田樹『下流志向』講談社、2007年1月
どう見ても自分で考えていないだけでなく、基礎知識を得ようともしていません、本当にありがとうございました。第一著者の主張の根幹となっている「不快貨幣」の話が単なるアナロジーでしかないし、それが学力低下や格差の「本質」なのだ!と高らかに宣言されても、所詮は「な、なんだってー!!(AA略)」程度の「ネタ」でしかない。大体内田がモデルとしている小学生や大学生が、前者は諏訪哲二の本からの引用だったり、後者は自分のゼミ生だったりする。なおかつそこから「問題のある」ものだけ取り出して彼らの世代を代表する存在であるかのように言っている。なんだかなあ。
第一、同書の元となった講演は平成17年に行なわれているのかもしれないが、書籍版は平成19年1月に出ているのだ。その間にどれだけ「ニート」概念に対する疑念が提出されたことか。私が挙げることができるだけでも、中西新太郎、児美川孝一郎、田中秀臣、若田部昌澄、本田由紀、内藤朝雄、乾彰夫、門倉貴史、雨宮処凜、新谷周平、風間直樹などの名前が直ちにリストアップするし、これだけでもまだ足りない。「思想的」な屁理屈をこねくり回す前に、基礎的な事実を調べろ、この野郎。それとも「妄想はステータスだ、希少価値だ」ってか?
ワースト2:尾木直樹『尾木直樹の教育事件簿』学事出版、2006年8月
どう見ても著者の問題点の集大成です、本当にありがとうございました。平成10年初頭あたりまでのリベラルな議論はどこへやら、今やほとんど不安を煽るばかりになっている著者のどこが問題か、ということを知りたいなら是非おすすめ。大体、冒頭で少年犯罪は減少しているだろうという議論に対し、質が凶悪化しているのは間違いない、と語っているのだから。それを否定する資料は山ほどあるのだよ。
ワースト3:波頭亮『若者のリアル』日本実業出版社、2003年月
どう見ても所詮愚痴の領域を超えていません、本当にありがとうございました。第一、この人によれば、「ポストモダン」が若年層を堕落せしめた原因なんだって。はっきり言って誤解しまくっているし、労働条件に関する配慮も全くない。まあ、コンサルの人だから仕方ないかもしれないけど。1の仲正昌樹の本で頭を冷やすべし。
ワースト4:影山任佐『超のび太症候群』河出書房新社、2000年9月
どう見ても著者こそ「超のび太症候群」です、本当にありがとうございました。著者はインターネットという便利なものが青少年の自意識の肥大化を起こした、といっているけれども、「超のび太症候群」なる「便利な表現」によって自意識を肥大化させているのが、他ならぬ著者なのだが。それにしてもこの「業界」ってすばらしいね。何か一つ「衝撃的な」用語を開発してしまえば売れるんだから。
ワースト5:香山リカ『〈私〉の愛国心』ちくま新書、2004年8月
どう見ても井の中の蛙です、本当にありがとうございました。思えばこれ以降、この人の言説は、単に若年層から想像力が失われているだの、さらに現在の政府がその「問題のある」若年層と同じような精神構造を持っているだの、というものばっかりになってしまった感があるなあ(遠い目)。
ワースト6:田中喜美子『大切に育てた子がなぜ死を選ぶのか?』平凡社新書、2007年2月
かつて林道義と「主婦論争」をした人は、どう見てもバックラッシュ側と青少年に対する認識を共有しています、本当にありがとうございました。第一、この著者自身、少年犯罪などを語る上で必要な統計を参照していないし、家庭の教育力なるものが低下しているか、ということに関しては様々な研究が為されている(詳しくは、広田照幸(編著)『リーディングス 日本の教育と社会・3 子育て・しつけ』(日本図書センター、2006年11月)を参照せよ)。あまつさえ現代の青少年が権力に反発しないことまで子育てのせいなんだってよ。
ワースト7:尾木直樹『ウェブ汚染社会』講談社+α新書、2007年1月
どう見てもためにする議論です、本当にありがとうございました。第一この人って、アンケート調査の基本的な使い方がわかっていないのではないだろうか(笑)。インターネットや携帯電話についてはかなり膨大な研究が為されているのに、いまだに単純な悪影響論に凝り固まってしまっている。まあ、最後にフィルタリングの存在を記したところで、何とか評価を下げるのを食い止めたが。
ワースト8:文部科学省『心のノート 中学校』暁教育図書株式会社、2002年7月
どう見ても教育現場に俗流若者論を持ち込もうとしています、本当にありがとうございました。書かれている内容に関しては、小学校低学年版から中学生版まで大体同じなのだけれども、学年が進むにつれて(たぶん)現代の若年層に対する怒りや憎しみが出てくる記述も出てくるようになる。
ワースト9:陰山英男『学力の新しいルール』文藝春秋、2005年9月
どう見ても変数が多すぎです、本当にありがとうございました。著者は「早寝早起き朝ご飯」で直ちに学力が向上する、あるいは、子供たちにおける体力の低下が種々の問題を引き起こしている、と主張するけれども、全てが経験則で、客観的な評価が必要であるし、他の変数(例えば、教師の指導など。著者は教師をかなり神聖視している、というか聖域にしている)を考慮に入れていない。いい加減この点について正しく指摘する専門家がいてもいいのではないか。
ワースト10:加藤紘一『テロルの真犯人』講談社、2006年12月
ワーストとして糾弾するほどではないし、「加藤紘一」という政治家の自叙伝としてはよく書けていると思う。だが終盤に入って、インターネットと若年層を批判しているくだりが大きな減点対象としか言いようがない。いい加減、若年層の「右傾化」なるものを採り上げて憂いでみせる、というパフォーマンスはやめにしないか。
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